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アフターマーケットにおける「公正な競争」とインク互換品

インクジェットプリンターの設計を変えて純正品のインクカートリッジしか使えないようにしたとしたのが、独占禁止法違反(不公正な取引方法)であるとして、互換品のカートリッジを販売するエレコム(大阪市)などがブラザー工業(名古屋市)を相手って設計変更の差し止めと約1500万円の賠償を求めた訴訟の判決で、ブラザーの設計変更は消費者が純正品を購入せざるを得なくするためで、市場での公正な競争を阻害するおそれがある、不当な抱き合わせ販売とした判決が報道されています(朝日新聞デジタル)。

このブログでは、アメリカにおける反トラスト法の解釈を追っていますが、このような問題はいわゆるアフターマーケットの問題とされています。アフターマーケットの法理については、「図解 アップル・エピックゲームズ事件判決の理論的?分析「アップル対エピック事件とアフターマーケットの理論」で分析しているところです。

そこで紹介したアメリカのコダック事件の図は、こんな感じです。

 

 

 

 

 

 

 

でもって、今回のブラザー互換インク事件(?)は、同じ図が書けます。

 

 

 

 

 

 

 

でもって、市場として、ブラザー互換市場というのを考えるべきなのか、はたまた、インクジェットプリンタ市場というのをプライマリーマーケットと考えて、このアフターマーケットは、プライマリーマーケットのいわば「仕様」をみたすための場であるとして「関連市場」としては、考えない、となるかどうかということに思えます。

アメリカのコダックの法理でいくと、プライマリーマーケットの耐久財購入のときに、情報がどの程度与えられるか、ということがポイントになるということになります。しかしながら、シングルブランド市場というのは、滅多に認められないこと、そして、狭い市場を認めたコダックの法理が実際は適用が制限されてきていることになります。この点は、

結局、一定のブランドのユーザに限っての「マーケット」を意識できてしまうことは、ホールドアップやロックインは、いつでも反トラスト法訴訟になりえ、実際にその後は、訴訟が増加したとされています。しかしながら、裁判所は、次第に事前の競争を重視し、契約が交渉された時点に着目して、その後の展開が予期されたかを見るようになったとされます。

このKodak判決は適用範囲が狭められていっているとされています

として、上の「アップル対エピック事件とアフターマーケットの理論」で紹介したところです。コピー機に比較して、インクジェットプリンタにしても、インクが切れてしまうのは、みんなわかっているし、インクジェットプリンタは、それほど高いものでもないので、スイッチングコストが高いのかといわれるとあまりそうとは思えないところです。

コダック事件においては、コピー機の市場自体は、競争が行われており、コダック社の製品のシェアは、20%ほどでした。ブラザー社は、さらに、「プリンター市場で生き残りかける」最高益出したブラザーが縮小市場に本気」という記事をみると、どんなにみても、10%は、いっていないだろうと思います。ブラザー社としては、(コダック社に習えば)、インク市場において、もし、(トータルで)競争価格を上回る価格で販売したとすれば、もともとのプリンタ機器販売が減少するだけだということになるだろうということだと思います。

むしろ、キャノンやエプソンに比較して、知名度・シェアで後塵を排している以上、まずは、本体を使ってもらうことが大事で、そのための価格戦略等を考えると、インクにおいて互換製品を排除することも有効な戦略であるということになるという主張になると思います。

少なくても、コダック判決において、スカリア判事などの反対意見が付されているように、契約時において、サービスの契約締結を要求していれば、抱き合わせになり、その抱き合わせについては、市場支配力を有していないので、違法にはならないのでおかしいという論理は、有効だと思います。純正インクを利用することを販売の契約条件として付せるか、といえば、契約自由の原則だろうと思います。

なので、米国の法理でいけば、垂直統合で、「合理性の基準」でもって、判断されることになるのだろうと思います。上の図を垂直にしてみました。

 

 

 

 

 

 

 

 


でもって、日本法です。

判決として代表的なものは、東芝エレベータテクノス事件大阪高判平成 5・7・30 審決集 40・651があります。資料は、こちら(根岸教授 「独禁法研究会」第7会 不公正な取引方法 Ⅱ エレブベータ、三井住友、資生堂)でしょうか。また、類似のものとして、三菱電機ビルテクノサービス事件(勧告審決平成 14・7・26 審決集 49・168)、 東急パーキングシステムズ事件(勧告審決平成 16・4・1 2 審決集 51・401) 、キャノンインクカートリッジ互換品事件もあげていいかもしれません。

東芝エレベータテクノス事件においては、不公正な取引方法の抱き合わせ販売、競争者に対する取引妨害と認定をしています。また、公正競争阻害性を競争手段の不公正に求めたことから、市場の画定は不要と考えたものとみられる、とされています。その一方で、「安全性、ノウハウ保護」が競争促進効果を有するものとして認定されています。

「アップル対エピック事件とアフターマーケットの理論」で紹介しました。

ここで、不公正な取引方法の抱き合わせ販売、競争者に対する取引妨害について「市場の画定は不要」とした理論の問題点がでているように思います。

結局、利益状況は、垂直的制限と同様なので、「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針(平成3年版)では、

垂直的制限行為によって生じ得るブランド間競争やブランド内競争の減少・消滅といった競争を阻害する効果に加え,競争を促進する効果(下記(3)参照)も考慮する。また,競争を阻害する効果及び競争を促進する効果を考慮する際は,各取引段階における潜在的競争者への影響も踏まえる必要がある。
[1] ブランド間競争の状況(市場集中度,商品特性,製品差別化の程度,流通経路,新規参入の難易性等)
[2] ブランド内競争の状況(価格のバラツキの状況,当該商品を取り扱っている流通業者等の業態等)
[3] 垂直的制限行為を行う事業者の市場における地位(市場シェア,順位,ブランド力等)
[4] 垂直的制限行為の対象となる取引先事業者の事業活動に及ぼす影響(制限の程度・態様等)
[5] 垂直的制限行為の対象となる取引先事業者の数及び市場における地位
 各事項の重要性は個別具体的な事例ごとに異なり,垂直的制限行為を行う事業者の事業内容等に応じて,各事項の内容も検討する必要がある。

として、むしろ、ブランド間の競争をみていかないといけないとされています。

上のようにブラザーは,、むしろ、生き残りをかけて挑戦している立場にあるわけです。その企業の戦略的活動にタガをはめるのは、むしろ、エプソン・キャノンを利して、総合的に、競争を阻害するというリスクも大きいように思います。結局、その解釈が、だれを害して、だれを利するのか、いうのをみないといけないという新ブランダイス運動に対するホーベンキャンプ教授の批判が、我が国でも該当するように思えるのです。(新ブランダイス運動は、ポピュリスト-Hovenkamp先生の「運動反トラスト」対「テクニカル反トラスト」の整理)

一部の企業の欠点に対応するために、消費者が高い価格を求められることは「公正」でしょうか。逆に、価格や品質で大企業に対抗できないという理由で、中小企業が苦しむことは「公正」でしょうか。また、古い実店舗型流通に大きく投資している企業が、より技術的に優れた起業家精神を持つ企業に負けることは「公正」でしょうか。独占禁止法上の懸念事項としての「公正さ」は、基準点や一連の測定ツールがなければ意味がありません。

というのを再度、引用しておきます。

ちなみに、競争促進効果がはいっているのは、平成28年の時の議論ですが、「流通・取引慣行ガイドラインの改正について 」を参照しましょう。

「公正競争阻害性」って何よ、ということになって、市場における「競争」のために垂直的制限を使うのは、当然でしょ、という感じに思うのですが、それって、私の感覚がアメリカンになっているのでしょうか。米国ですと、「消費者厚生」基準でもって、実際の感じは把握しやすいのですが、日本の法理は、どうも分かりにくいなあ、という感じです。

(追加)ちなみに、ICチップの搭載については、「印刷機器のインクボトルへのICチップの搭載」(「独占禁止法に関する相談事例集(平成16年度)」の公表について)もみておく必要があるかもしれません。

この場合、公正取引委員会(当時)は、「同社の印刷機器X用インクボトル市場(A社用インクボトル市場)」を市場として画定しています(この市場では、90%、プライマリー市場では、60%) 。この場合、「合理的に必要な範囲を超えた機能変更」であるかどうかで判断しています。

このようなアフターマーケット自体を考えるというのが日本の判断の主流てわけですが、果たして、それが合理的な判断なのか、プライマリーマーケットの競争で十分であろうということもいえる場合が多いのではないか、というのが私の判断になります。また、上の平成28年の「流通・取引慣行ガイドライン」によって競争促進効果への見直しもはいっているので、静かな見直しが進んでいるのではないか、というのもひとつの理由です。(追加終了)

朝日新聞デジタルだと

判決は消費者の立場をふまえ、安価な互換品が広く販売されることによって消費者の利益につながる内容になっている。

とされていますが、それほど、単純なものではないだろうと個人的には考えています。

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追加 2021年11月2日 裁判所で判決文が公開されています。

争点⑴(本件設計変更に正当化理由がないか否か)争点⑵(本件設計変更が抱き合わせ販売等に当たるか否か)についてについて、原告の主張を認めています。

 

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