お電話での問い合わせは03-6805-2586
情報セキュリティパートナーシップ共同宣言と優越的地位の濫用を考えるのにあたって、まずは、優越的地位の濫用について考えたいと思います。優越的地位の濫用については、「(令和元年12月17日)「デジタル・プラットフォーム事業者と個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」の公表について」もあるところです。
独占禁止法19条は、
(不公正な取引方法の禁止)
第19条
事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。
となっています。でもって、「不公正の取引方法」というのは、何かということになると
(9) この法律において「不公正な取引方法」とは、次の各号のいずれかに該当する行為をいう。
として、
となっていて、その5号が「優越的地位の濫用」ということになります。
となっていて、
具体的な行為としては、
イ 継続して取引する相手方(新たに継続して取引しようとする相手方を含む。ロにおいて同じ。)に対して、当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させること。
ロ 継続して取引する相手方に対して、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること。
ハ 取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み、取引の相手方から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせ、取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせ、若しくはその額を減じ、その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること。
があげられています。
この優越的な地位の濫用が、どのような理論的な根拠によるのか、というのは、よくわからないところです。
優越的地位の濫用行為の規制によって、効率的な事業者の数が増加したり、情報がより完全になったり、資源の可動性が増すことはほとんどありえないと考えている。
とされているところです(来生新 「経済活動と法」132頁)。
が、一般的には、搾取規制説
問題となった需要者から出発して的確に市場画定をした場合のその市場における搾取を規制するものである
と捉えるとされています。
EU機能条約第102条
域内市場又はその実質的部分における支配的地位を濫用する一以上の事業者の行為は,それによって加盟国間の取引が悪影響を受けるおそれがある場合には禁止される。この不当な行為は,特に次の場合に成立するおそれがある。
a 直接又は間接に,不公正な購入価格若しくは販売価格又はその他不公正な取引条件を課すこと
b 需要者の利益に反する生産,販売又は技術開発の制限
c 取引の相手方に対し,同等の取引について異なる条件を付し,当該相手方を競争上不利な立場に置くこと
d 契約の性質上又は商慣習上,契約の対象とは関連のない追加的な義務を相手方が受諾することを契約締結の条件とすること
となっています。この濫用(abuse)は、教科書だと
にわけられていて、搾取的濫用 は、さらに、
があげられています。
では、この102条のうちの搾取的濫用とわが国の「優越的地位の濫用」というのは、同じか、違うかという争いがあります。
白石説は、同一としています(独禁法講義 9版 199頁)
個人的には、どうも、以下の図の様な場合に、具体的に取引関係になっている場合に限定した市場というのを考えるのは、なかなか変な感じがします。このような考え方は、アップル対エピック事件とアフターマーケットの理論のところでも見ました。
私としては、
もっともわが国の優越的濫用は、市場における市場力の濫用という要件がないので、別物
という位置づけをしていたりします。以下、
不完備契約から生じるホールドアップ問題を避けるための法的な規制
が
優越的地位の濫用の理論の裏付け
であるという立場から論じます。
理論的な位置づけはさておき、契約について契約理論という分野があります。
契約理論(けいやくりろん、英: contract theory)とは、財・サービスの取引に関する当事者間の合意事項である契約に着目し、契約の締結や履行の管理に費用がかかったり、情報を処理する能力が限定的である(限定合理性)ために、契約当事者間で保持する情報が異なったり(Hidden Information)、契約の履行を監視する機構が不完全であったり(Hidden Action)することから生じる諸現象を説明するミクロの理論
ということができます。
不完備契約の問題を考えます。これについてのスライドは、これ(ビジネススクールの学生さん?「ホールドアップ問題」)が満遍なく問題を整理しているように思います。
不完備契約(incomplete contract)というのは、
様々な取引費用(transaction costs)のために,あらゆる事態に備えて契約条項を事前に明文化することができず,不測の事態における曖昧な取り決め,つまり,不完全コミットメント(imperfect commitment)が残る契約.(ref. 限定合理性, boundedrationality)
と定義されます。これは、
取引に関連して生起するある出来事(event)は取引当事者にとって観察可能(observable)であっても,その立証は取引費用が大きくて困難であるか,そもそも裁判所に対して立証不可能(unverifiable)であることが不完全コミットメントの原因
です。
ここで、ホールドアップ問題(hold-up problem)が発生します。契約の不完備性に起因する投資が過小になるということです。このような観点からすると、このような不効率を防止するための、法的規制と位置づけることが可能なように思います。
これをもとに考えると
をすることによって、上記ホールドアップ問題の発生を抑えようとする法的な仕組みととらえることができるように思います。図だとこんな感じです。
この図は、公正な取引が契約についての前提とされていること、しかしながら、隠された情報と隠された行動が、この公正な契約を妨げていることを示します。
これによって、経済学的な裏付けと具体的な解釈についての指針が得られるような気がします。
でもって、公正取引委員会の「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」(ガイドライン)というのを見て、上のようなとらえ方から、注意すべき点はないか、というのがポイントになるかと思います。
これは、ガイドラインでは
市場支配的な地位又はそれに準ずる絶対的に優越した地位である必要はなく,取引の相手方との関係で相対的に優越した地位であれば足りると解される
とされています。上の私の分析によるときは、「継続的な取引にある場合、もしくは、その潜在的な可能性がある場合において」として、ホールドアップ問題との関係で考えました。取引において、相手方が市場力をもっているので、取引をせざるをえなくなっていることを要しないのは、同様になります。
むしろ、異なってくるのは、「取引費用が存在することに乗じて」ということで、ここでは、背景の事情(取引費用の種類・額・その負担のバランス)と情報の種類(隠れた行動か隠れた情報か)によって分かれることになると思います。
隠れた行動・隠れた情報からの救済は、十分な情報と履行を監視する機構になりますが、その履行の監視機構が、十分でない場合には、契約からの離脱ということになります。その意味で、ガイドラインにおける
乙にとっての取引先変更の可能性
というのは、ひとつの重要な要素ということになります。「取引費用が存在することに乗じて」(取引費用の濫用)ということをいれるので、その取引費用が何によって生じているのか、ということも配慮にいれなければならない、ということだろうと思います。乙の甲に対する取引依存度、 甲の市場における地位などがガイドラインに上がっていますが、これは、この取引先変更の可能性を支える事実ということなのだろうと思います。
特にこの取引費用は、事業の種類により、一定の投資が必要となる様な場合には、極めて多大なサンクコストが発生しうるので、そのような場合には、優越的地位が容易に認定されなければならないということがいえるように思います。上でみたホールドアップ問題が、過少投資の問題と整理されているのは、まさにこの問題ということになります。この取引依存度の部分に投資による解消の場合のコストは、大きな要素であるというような考え方を追加すべきなのだろうと思います。
でもって個々の行為を上の不完備契約という視点から説明してみようということになります。
独占禁止法第2条第9項第5号イは,
イ 継続して取引する相手方(新たに継続して取引しようとする相手方を含む。ロにおいて同じ。)に対して,当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させること。
となっています。もともとの契約にないものを購入する義務はありません。しかしながら、もともとの契約にないものを購入しないことで、履行しない、もしくは、不十分に履行しないとすれば、それを是正するのには、取引費用がかかります。もともとの契約についての隠れた行動を防止する規制という位置づけができます。
独占禁止法第2条第9項第5号ロは,
ロ 継続して取引する相手方に対して,自己のために金銭,役務その他の経済上の利益を提供させること。
となっています。これも同様で、もともとの契約についての隠れた行動を防止する規制という位置づけができます。また、隠された情報という側面もあるでしょう。
にせよ、このような合意があった、もしくは、黙示で、そのような合意があったということは困難でしょうし、それに乗じた契約条件を改めて、交渉するというのも効率的とも思えません。
独占禁止法第2条第9項第5号ハ定は
ハ 取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み,取引の相手方から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせ,取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせ,若しくはその額を減じ,その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し,若しくは変更し,又は取引を実施すること。
この独占禁止法第2条第9項第5号ハには,「受領拒否」,「返品」,「支払遅延」及び「減額」が含まれています。いずれにしても、契約との関係でいえば、根拠がない行為ということになりますが、これらに関して契約の履行を確保するためには、コストがかかるので、それに乗じた行為という評価になると思います。
結局、優越的地位の濫用における優越的地位というのは、契約関係(潜在的なものも含む)からの解消によるコストに乗じる行為をするものだとして、そのスコトからみた解消の容易性が考えにくいような場合が「優越的地位」であるということでいいような気がします。
別に「弱いものいじめ」を禁止しているとか、判官びいきが法律化されているという説明はやめたほうがいいのではないか、という感じがします。