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F社事件に続いて、N社事件(東京地裁・平成14年2月26日判決・労働判例825号50頁)を紹介します。
この事件の事実関係は、
(事実関係)
(1)被告会社Yにおいて、関連会社の管理部長Bの名前を語り、この会社の営業第2部のAを誹謗中傷する内容の電子メールが複数回送られ、Aが、Yのシステム委員会の委員に対して苦情を述べるという事件があった。
(2)Yにおいて、調査したところ、Y社の営業部が共有する端末から、フリーメールサービスの電子メールアドレス(以下、便宜上、共有メールアドレスという)を用いてAの社内の電子メールアドレスに対して、Aと営業部所属の契約社員のC(女性)とが接近することを阻害する目的をもってAを非難するメールが送られており、かつ、共有メールアドレスからXの社内電子メールアドレスに電子メールが送信されていること、逆にそのXの社内電子メールアドレスから、共有メールアドレスに対して電子メールが送信されていること、 その上、共有メールアドレスから、X個人のメールアドレスに対して電子メールが送信されていることが判明した。
(3)また、Xの机の上の端末を使用して、Xの社内電子メールアドレスからX個人のメールアドレスに対して電子メールが転送さていた事実が判明したため、被告会社Yは、誹謗中傷メールの送信者がXである可能性が著しく高いと判断して、原告に対して事情聴取を実施することにした。
(4)Yは、被告Z1、Z2、Z3に対して、平成11年12月17日午後6時ころから約30分間、被告会社の応接室でXに対して誹謗中傷メールについて事情聴取をさせた(以下、第1回事情聴取という)。また、Yは、Y所有のパソコンサーバーを調査したが、誹謗中傷メール事件に関する有力な資料はみあたらなかった。
(5)Yは、XとCとの間の交信である電子メールファイル(私用メール)を発見し、それを印刷して、Yの社長、被告Z1、システム委員が閲覧した。
(6) これらの誹謗中傷メールと上記私用メールについて、平成12年1月13日午後2時から午後3時にかけてYにおいては、Z1、Z2、Z3、Z4が、Xを取り囲んで、1時間程度の事情聴取をなした。
(7) 結局、Yは、Xを1月14日、私用メールが就業規則に反するとして譴責処分とした。Xは、同日、退職願いを提出した。Xの退職については、退職日、個人情報の削除、出勤しないことを命じたことなどに関連し、XとYの間で、若干のトラブルがあったが、結局、Xは、3月1日付けで退職した。
というものです。
(双方の主張)
原告は、
(1)第1回事情聴取について、被告Z1、Z2、Z4が、誹謗中傷メール事件の犯人であるとして厳しい口調で詰問、追求をしたので、その行為が、名誉権、人格権を侵害する不法行為である
(2)被告会社Yの所有するファイルサーバー内の原告しかアクセスできない保存領域に原告に無断で侵入し、原告所有のフロッピイディスクを原告に無断で奪い、原告所有の原告の約1年間にわたる電子メールによる私的な通信データに関する情報等の個人情報の全てを奪い取って持ち去っている。また、被告Z2およびZ3らは、XとCとの間の私的な交信記録を印刷して、自ら閲読するとともにY内において、多数の関係者にも閲覧させているので、原告の私的生活における個人情報に対する所有権およびプライバシー権(自己情報のコントロール権)を著しく侵害する不法行為である。私用メール等の探索、奪取、閲覧等については、調査の必要性があったとしても、業務上の合理的理由、手段の相当性のほか、他の従業員と平等に扱うこと、事前に規定を設けて従業員に告知しておおくことなどの要件が具備して適法となるものであり、勤務時間中の私用メールの交信が黙認されてきたから、調査自体が違法である
(3)Z2らは、Xの弁明を全く信用せず、誹謗中傷メールの実行者と決めつけ、大声で怒鳴りつけ、ののしり、非難した。その行為が、名誉権、人格権を侵害する不法行為である
(4)Z2は、Xに対して転職して前歴照会がきても、いいことはいわないなどといったり、厳しい口調で直ちに退職の意思表示をするように迫ったりしたことを、Xの人格権、退職の意思決定の自由等を著しく侵害する不法行為である
などと主張しました。
これらの主張に対して、被告は、それぞれ
(1)Xは、厳しい口調で詰問したというが、Xを強く追求することなく事情聴取を終了した、また、誹謗中傷メール事件については、調査の必要性があり、原告との結びつきも是認しうるので、許容される調査行為である。
(2)事後的な調査においてファイルサーバーを調査し、そのバックアップテープから情報を入手しただけであり、原告所有ないし専用パソコン機器または原告所有のプロッピィディスクを調査したことはない。また、Xのいう原告しかアクセスできない領域というのは、「個人私用」領域であるが、これは、複数の社員が、一つの文書ファイルを共用したりする必要がない各社員の業務文書を保管するようにして、作成者を明確にしたという意味でしかない。したがってこのような「個人領域」をYが、業務上の必要性に応じてファイルを調査することは当然のことである。また、データ収集行為の適法性についていえば、Xが、電子メール等の個人情報が、Yのファイルサーバーに保存したことをもって、プライバシー権等を放棄があるとみるべきこと、調査の経緯から、調査の必要性があったことから適法である。
(3)Xが否認したため、強く追求はしていない。また、Xは、当時、大量の私用メールについて反省している旨を伝えている。さらに調査の必要性が存在した。
(4)感情的な発言をした事実はあるが、出勤停止を強要するというほどのものではなかった。
と主張しました。
(裁判所の判断)
裁判所は、
使用者の行う企業秩序違反事件の調査に対する労働者の協力義務についてこれを肯定した後、「しかしながら、上記調査や命令も、それが企業の円滑な運営上必要かつ合理的なものであること、その方法態様が労働者の人格や自由に対する行きすぎた支配や拘束ではないことを要し、調査等の必要性を欠いたり、調査の態様等が社会的に許容しうる限界を超えていると認められる場合には労働者の精神的自由を侵害した違法な行為として不法行為を構成することがある。」とし、本件誹謗中傷メールの送信は、「企業秩序を乱す行為であり、就業規則(略)に照らして懲戒処分の対象となる可能性があるから、その観点からいっても速やかに調査の必要がある」とし、「原告が誹謗中傷メールの送信者であると疑う合理的理由があったから、原告に対し事惰聴取その他の調査を行う業務上の必要があったということができる」との一般論を述べました。
(1)の問題について、「上記認定事実に基づいて検討するに、本件は、社内における誹謗中傷メールの送信という企業秩序違反事件の調査を目的とするもので、かつ、原告にはその送信者であると合理的に疑われる事情が存するのであるから、原告から事情聴取をする必要性と合理性は強く認められる。また、その態様を見ると、質問の声が大きく、また、仮に同じ質問が繰り返してなされたとしても、他方、事情聴取の時間は30分程度であること、原告が送信者であればその監督責任を追及されるべき立場の被告Z4が同席していること、冒頭に事情聴取の趣旨を説明した上で開始していること、質問内容等も特に不適切なものではなく、強制にわたるものとまでは認めがたいことからすると、第一回事情聴取は社会的に許容しうる限界を超えて原告の精神的自由を侵害した違法な行為であるとはいえない」としています。
(2)については、被告会社としては、まず、誹謗中傷メール事件について、合理的に疑われる事情が存したこと、その疑いをぬぐい去ることができなかったことから、さらなる調査の必要があり、事件が社内でメールを使用して行われたことからすると、その犯人の特定につながる情報が原告のメールファイルに書かれている可能性があり、その内容を点検する必要があった。また、私用メール事件についても、原告の私用メールの量は、仕事の合間に行ったという程度ではないのであるから、これについて新たに調査する必要が生じたと判断しています。
そして、調査の相当性については、ファイルサーバー上のデータの調査は、「業務に何らかの関連を有する情報が保存されていると判断されるから、上記のとおりファイルの内容を含めて調査の必要が存する以上、その調査が社会的に許容しうる限界を超えて原告の精神的自由を侵害した違法な行為であるとはいえない。原告に調査することを事前に告知しなかったことは、事前の継続的な監視とは異なり、既に送受信されたメールを特定の目的で事後に調査するものであること、原告が誹謗中傷メールと私用メールという秩序違反行為を行ったと疑われる状況があり、事前の告知による調査への影響を考慮せざるを得ないことからすると、不当なこととはいえない。」としている。「結果としては誹謗中傷メール事件にも、私用メール事件にも関係を有しない私的なファイルまで調査される結果となったとしても、真にやむを得ないことで、そのような情報を入手してしまったからといって調査自体が違法となるとはいえない。」のである。
また、閲覧させた行為について不必要な者にまで閲覧させたことはないとしているし、上記各種データについての保存行為・返還しない行為についても、処分事案に関する調査記録は、当該事案に関連する紛争に備えて、あるいは同種事案への対応の参考資料として相当期間保管の必要があり、上記のとおり違法に入手したものではない以上、これを削除する義務はないと考えられるし、また、原告が必要に迫られているとか、原告がそれを保有していないなどの事情があれば格別、そうでない場合には、返還しないことが違法になるわけではないとされています。
(3)および(4)の論点についても、それぞれ、調査等の必要性と合理性の強い存在から社会的に許容しうる限界を超えたとはいえないことなどから、Xの主張が、それぞれ排斥されている。
結局、原告Xの主張は、なんら成り立たず、請求が完全に棄却されています。
実は、この判決は、事後的に不祥事調査において、その調査の必要性と相当性という観点から判断されていることに注目がなされるべきだと考えています。F社事件が、不祥事調査において、リアルタイム(受信前の通信内容に対する積極的な)取得という論点であるのに対して、むしろ、事後的に保存されている通信内容に対する調査という点で異なるわけです。
もっとも、この点は、一般に「電子メールのモニタリングの可否」という曖昧な言葉で議論されるのですが、私としては、企業秩序違反調査の契機をもつ取得とそれ以外とでは、きちんと分けるべきだと考えています。ECHRの判断とF社事件/N社事件が事件として異なっているというのは、そのような意味です。事実関係を見ながら、判決の射程を見極める枠組みを探し出すのが法律家であって、法律の条文を引っ張るのとは、まったく次元が異なるというのを理解してもらいたいものです。