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使用者の電子メールのモニタリング権限に関する日本の判決例について(F社事件)

前のエントリで、使用者の電子メールのモニタリング権限についてのヨーロッパ人権裁判所の判断を紹介したときに、日本の事件についてコメントしているので、あまり、判決例を事例から、分析していない人のために、ちょっと解説しておきます。

関連する二つのリーディングケースがあります。F社事件(東京地裁判決・平成13年12月3日労働判例826号76頁)は、

被告のセクハラ行為等につき送受信を行った原告とのその夫との私的な電子メールを原告らの許可なく被告が、閲読したことを理由とする損害賠償につき、原告らの電子メール私的使用の程度は限度を超えており、被告による監視という自体を招いた原告の責任、監視された電子メールの内容、事実経過を総合すると被告の監視行為は社会通年上相当な範囲を逸脱したとはいえず、原告らが法的保護(損害賠償)に値する重大なプライバシー侵害を受けたとはいえないとして棄却された

という事件です。

具体的な事実関係は

(1)原告X1は、F社の事業部に勤務しており、原告X2は、その夫であり、被告は、F社の事業部の部長である。

(2)X1は、被告Yに対して「女性同士の人間関係にまで口を出す上司」と強い反感を持つに至った。

(3)被告Yは、原告X1に対して「時間を裂いて戴き当事業部の問題点等を教えていただきたいと思っていますので宜しく」という電子メールを送ったことがあった。

(4)これを受けた原告X1は、このメールを仕事にかこつけての誘いであるという強い反感を持ち、X2に対して「日頃のストレスは、 新事業部長にある。細かい上に女性同士の人間関係にまで口を出す。いかに関わらずして仕事をするかが今後の課題。まったく単なる呑みの誘いじゃんかねー。胸の痛い嫁」というメールを送ろうとしたが、誤って被告Yに送ってしまった。

(5)原告X1は、友人に相談後、夫X2 にも相談したが、その際、X2は、「これはセクハラである」「辞める必要はない」という内容の電子メールを送信した。

(6)被告Yは、平成12年3月1日、上記の誤送信メールを読み、原告X1の電子メールの使用を監視し始めた。

(7)同3月6日ころ、原告X1が、パスワードを変更したため、被告YにおいてIT部に対して、電子メールを自動転送するよう依頼し、その後はこの方法により原告X1あてに着信する電子メールを監視した。

(8)X2は、被告がX1に対して、セクシャルハラスメントの行為をしたので告発することも辞さないという警告メールを起案し、また、X1は、このころから複数の知人に対して本件について言及した電子メールを送信した(もっとも実際にメディアに取り上げられたことはない)。

(9)3月7日にX2は、文言を修正した警告メールを被告に送信した。その後、4月に入ると、原告代理人が、被告に対してセクシャルハラスメント行為を行っているとして書面で回答を求める趣旨の内容証明郵便を送り、これに対して被告は反論の内容証明を送付した。そのような行為のなか本件訴訟が提起された。
というものです。

双方の主張
原告らは
(1)被告Yが、X1に対してセクシャルハラスメント行為をなした。
(2)被告Yは、X1とX2との間で、相互に送受信した私的電子メールおよび原告らが第三者との間でそれぞれ送受信した私的電子メールを、原告らの承諾を得ることなく、大量かつ長期間にわたり閲読した、
を根拠に損害賠償を求める
というものでした。
これに対して被告は、
(1)原告らに対して原告らが存在しないセクシャルハラスメント行為を捏造し、その内容を雑誌等に掲載させる意図で出版社の広告部に在籍する知人に対して電子メールで送信したこと、
(2)その内容を社内の同僚に電子メールで送信したことにより被告の所属する事業部以外の部署の者にまでそれが知られるようになったこと、
を理由として不法行為にもとづく損害賠償を求める
というものでした。

裁判所の判断
(1)のセクシャルハラスメントについては、原告らの主張に沿う証言をなした証人について変遷や曖昧さがあること、供述自体が不自然であること、また、原告についても糾弾行為が唐突であること、誤送信メール事件以前の態度がセクシャルハラスメントに深く悩まされているという状況は全く伺えないことなどから、セクシャルハラスメント行為を受けて精神的な苦痛を感じていたという事実について証明がないとして原告らの請求を認めなかった。

(2)については、裁判所は
従業員が社内ネットワークを用いて電子メールを私的に使用する場合に期待し得るブライバシー保護の範囲は、通常の電話装置における場合よりも相当程度低減されることを甘受すべきであ[る]」。そして、「監視目的、手段およびその態様等を総合考慮し、監視される側に生じた不利益を比較衡量の上、社会通念上相当な範囲を逸脱した監視がなされた場合に限り、プライバシー権の侵害となると解するのが相当である」。
として
Yの「地位および監視の必要性については、一応これを認めることができる」。として
「原告らによる社内ネットワークを用いた電子メールの私的使用の程度は・・・限度を越えているといわざるを得ず、Yによる電子メールの監視という事態を招いたことについてのX1側の責任、結果として監視された電子メールの内容および既に判示した本件におけるすべての事実経過を総考慮すると、Yによる監視行為が社会通念上相当な範囲を逸脱したものであったとまではいえず、X1らが法的保護(損害賠償)に値する重大プライバシー侵害を受けたとはいえないというべきである」。として、原告の請求を棄却しました。

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