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欧州議会調査サービス「デジタル環境におけるスポーツイベント主催者の直面する課題」(Challenges facing sports event organisers in the digital environment)という報告書を見つけたので、ちょっと読んでみました。
この報告書は、デジタル環境におけるスポーツイベントの主催者が直面する課題、特にオンライン海賊行為の現象に対処するためのEUの立法措置の欧州における付加価値を定量化するというものです。
ちなみに、いわゆるサイトブロッキングをめぐる日本の議論に関しては、
などがあります。
で、報告書です。この研究は、現行のEU法体制が、スポーツイベントの主催者とそのライセンシーに、オンラインスポーツイベントの海賊行為に対する適切な保護を提供しているのか、むしろより高い保護基準が必要なのかを調査しようというものです。
「動的ブロッキング・ライブブロッキングの「もつれ(エンタングルメント)」-著作権侵害に対するブロッキングの動向-」(2021/8/28)」のエントリで触れましたが、欧州においては、サイトブロッキングについては、その導入を是非をめぐる議論は、もうすでに決着がついており、むしろ、静的なブロッキングから、ダイナミックなブロッキングの可否に議論が移ってきています。
スポーツイベントが直面する主な課題は、他の形態の「プレミアム」コンテンツと同様に、スポーツイベントには非常に腐りやすい(highly perishable nature)性質があり、その経済的価値はイベント(およびそのライブ中継)の終了時にはほぼ尽きてしまうということです。したがって、知的財産権保護の商業的価値は、EUレベルで調和のとれた法的枠組みによって規制される迅速かつ効果的な執行システムに密接に依存している。
とされています。
この報告書の法的な背景としては、欧州連合の機能に関する条約(TFEU)第225条に基づき、欧州議会は欧州委員会に立法措置を求める立法独自報告書(INL)を採択する権利を有しています。この法的文脈において、法務委員会(JURI)は委員会議長会議(CCC)に対し、「デジタル環境におけるスポーツイベント主催者の課題」に関する立法独自報告書を作成する権限を求めました。CCCは大統領会議(CoP)にも権限を求めた。CoPは、JURI委員会と文化・教育委員会(CULT)の間で合意された内容に留意し、承認しました。
具体的には、デジタル単一市場指令、電子商取引指令、デジタル著作権指令の限界とギャップを特定するための方法論的アプローチに関する議論の後、欧州議会は、デジタル著作権の専門家であるパオロ・マルツァーノ教授の指導の下、Legance – Avvocati Associatiの研究者チームに調査を依頼しました。
本EAVAの基礎となる付属研究の主な目的は、新しいEU法が欧州連合内のスポーツイベント放送局の法的保護に与える可能性のある影響について、オンライン上のスポーツコンテンツの海賊版の問題に焦点を当てた分析を提示することです。
このような背景から、本EAVAの残りの部分は以下のように構成されています。第2章と第3章では、知的財産権と法執行システムに関する法的枠組みの現状と主なギャップや限界について述べています。第4章では、政策案とそれに関連する法律案の両方を紹介しています。第5章では、欧州の付加価値を評価し、付属書Iでは、外部に委託した法的分析を紹介しています。
ここで、イベント主催者や利害関係者の権限をまとめたものは、以下の表のとおりです。
権利 | 加盟国 | 対象内容 | 対象内容 | 限界 |
財産権(ハウスライツ) | すべての加盟国 | 会場、施設 | スタジアムや関連設備へのアクセスを管理し、入場券に付随するアクセスのルールや条件を設定する権限。 | ハウス・ライツは、入場券の所有者に対してのみ請求することができ、著作権侵害の場合には適切な保護を提供しない可能性がある。 |
イベントの利用権限 | フランス・ポルトガル | スポーツイベント | スポーツコード、スポーツセクターのために特別に起草された特別法または法律に基づいて、イベント、トーナメント、競技会に関して、クラブまたはリーグに有利な形で付与されます。 | この権利は、非常に限られた加盟国によって提供されており、法的性質と内容が不確かである。 |
知的財産権 | 欧州共同体におけるハーモナイゼーション | A. 著作権保護の場合は、生のスポーツイベントの創造的な撮影 B. 視聴覚製作者に与えられた隣接権の場合は、映画の最初の固定 C. 放送事業者に与えられた隣接権の場合は、スポーツイベントの(撮影の)放送 |
A. 著作権保護の場合、固定物を複製する権利とそれに続く公衆への伝達 B. 視聴覚製作者の場合、複製権のみであり、頒布権、貸与権、利用可能化権と結合される。 C. 放送事業者の場合、複製権、再送信の頒布権、利用可能化権のみであり、公衆への伝達はない。 |
この特定のカテゴリーの権利者には、公衆への伝達をコントロールする権利は、EU法では認められていません。このような権利は重要性を増しているように思われる。というのも、(主要)スポーツイベントの主催者の中には、国から国へのライセンス供与を視野に入れて、イベントの撮影を請け負う者が増えているからである。 |
国内的「メディア」権 | 様々な形態や内容ではあるが、EU加盟国の大多数が許諾していること。 | 管理されたスポーツイベントをあらゆるメディアで利用することができます。 | リーグ/連盟/個々のクラブが、(i)スポーツイベントの撮影と、(ii)競争によって選ばれた放送事業者への送信権の付与をコントロールする権利 不確定な性質のものであり、国レベルでのみ認められている。 | 関連する権利を付与される主体は、個々のクラブまたはクラブが所属する連盟に付与される場合があるため、様々である。 |
このEU法と国内法の束を分析すると、次のような結論になります。
3 法的執行のシステムの現状( State of play of the legal enforcement system)
知的財産権に関する現在の法的枠組みは、オンライン海賊行為に対する調和のとれた効率的な戦いを妨げていること、そして、権利者は効率的なエンフォースメントシステムを持たず、ライセンシーの継続的なサポートを必要とし、コストとリスクが重複していますと分析されています。
2004年以来、EUは「エンフォースメント指令」を採用した知的財産権の行使に関する調和のとれた枠組みを導入してきました。しかし、スポーツイベントの分野で技術的に進歩したオンライン海賊行為に対処するためには、この法律体制を更新する必要があることが明らかになっています(付属書 I 第 3.1 章参照)。
とさています。
エンフォースメント措置に関しては、「ライブ・ブロッキング命令」や「動的差止命令」などのより近代的で技術的な手段を明確に考慮することができなかったとされています。
これらの手段は、デジタルエンフォースメントにおいて特に効率的であることが証明されてい るが、各国の立法者と裁判所は、デジタルの現実に対応するために手段や措置を断片的かつ非体系的 に更新してきたため、それらの間に格差が生じています。
実際、「動的差止命令」は、カタログ全体の差止命令とサービスを対象とした差止命令の形で EU 全体で通常採用されているようであるが、「ライブ・ブロッキング命令」は、インターネット・プロトコル・テレ ビ(IPTV)の違法使用に対する有効性が証明されているにもかかわらず、英国とアイルランドでしか利用できないとれます。
その結果、執行指令、電子商取引指令、情報社会指令の各国での実施に基づいて利用可能な執行手段をマッピングすると、EU の執行システムは十分に調和されているとは言えず、オンライン海賊行為に対する迅速で効率的な「国境を越えた」戦いには悪影響を及ぼしていることが明らかになりました。したがって、オンライン違法コピーに積極的に取り組むための特定の法的手段を採用する可能性については、慎重に検討する必要があります。
効果的なクロスボーダーの実装を妨げているのは、技術的なもの、法的なものとがあるされます。
技術的なものとしては、試合の時間、ストリーミングの変動性(volatility)、ISPを巻き込むことなしに、侵害者を特定し、追跡することの困難さがあります。
法的なものとしては、
- (i)電子商取引指令が一部のEU加盟国ではまだ実施されていないため、執行指令が適用されていること、
- (ii)liveblocking ordersやdynamic injunctionの採用を可能にしているEU加盟国が限られていること、
- (iii)行動規範や行政的な迅速な手続きの形で法廷外のシステムを採用している加盟国が限られていることなどである。
現在の不確実性は、仲介者責任免除の適用、裁判所命令の限定的な範囲、不十分な知的財産権、タイミング、裁判手続きのコスト、ドメインネームサービス(DSN)ブロッキング命令を技術的に回避することの容易さなどに起因する。
とされています。そしてさらに重要なのは、e-Commerce 指令の解釈に不確実性が残っていると指摘します。
ここでいう、不確実性というのは、「実際に知っている(actual knowledge)」ことや、仲介者の「迅速な(expeditiously)」反応についての定義はないことを意味します。電子商取引指令の14条においては、ホスティングプロバイダの定義とともに、
そのプロバイダが、違法な行為または違法な情報について現実の認識(actual knowledge)をもたず、かつ、その損害賠償を求める主張に関して、その事実または状況から、その違法な行為または違法な情報が明らかであることを覚知していない
場合には、責任を負わないことを明らかにしています。逆にいうと、現実の認識を有している/違法であることを覚知している場合においては、責任を負いうるのであり、また、その情報を削除し、または、そのアクセス不可能化を行う義務が発生することになります。このような行為は、速やかになされなければならない(acts expeditiously to remove or to disable access to the information)ので、これらの解釈が重要になるわけです。
さらに、裁判所がそのブロッキング命令を実行するためにISPに期限を課すのですが、それが複雑な要素になっているとされます。具体的な例としては、Ecateld判決(オランダ)は、ブロッキング命令の迅速な実行に従うために、権利者からの通知から30分の時間経過で十分であると考えました。これは、EU全体の平均時間である約24時間よりもはるかに短い時間ですとされています。
結論として、迅速かつ動的なブロッキングオーダーの調和されたシステムは、上述の革新的なツールと相まって、スポーツイベントのオンライン海賊行為を撲滅するという目標を十分に達成することができるでしょう。
政策的提言として知的財産権に関する法制度とその調和の必要性、効果的な法執行システムのための政策的提案にわけて提案がなされています。
知的財産権に関する法制度とその調和の必要性
第1の解決策(選択肢1)は、スポーツイベント自体ではなく、スポーツイベントの主催者に有利なアドホックなEU隣接権を提供すること
第2の(そして最も効果的な)解決策(選択肢2)は、放送局の隣接権の「拡大」を規定し、スポーツイベントのオーディオビジュアル製作者と放送局の両方に有利な完全なコミュニケーション権を導入し、スポーツ主催者に有利な「訴訟適格性」を採用することであると考えられる。
効果的な法執行システムのための政策的提案
スポーツイベントの主催者(およびその他の「プレミアム」コンテンツの製作者)に、権利を与えるとともに、「ダイナミック・ブロッキング・オーダー」と「ライブ・インジャンクション」の使用を認めることは、実体法と救済法の両方の観点から、知的財産権に関する現在の法的枠組みのギャップを埋めるものとなるとしています。
現行の法執行システムの陳腐化に関しては、「ダイナミック・ブロッキング・オーダー」と「ライブ・インジャンクション」の使用によりEUレベルで調和された、迅速でダイナミックかつライブなブロッキング・オーダーのシステムを導入することが可能な解決策となるだろう。後者とともに、海賊が使用するストリーミングサーバーから技術的手段を用いて違法コンテンツを直接削除する権利を付与する法的規定を採用することが必要である。
具体的な選択提案としては、以下のような組み合わせの表が得られます。
効果および効率性 | 採用しやすさ | 経済コスト | 経済的利益 | |
オプション1(現状維持) | 低 | 高 | 低 | |
オプションL1(裁判外メカニズム) | 高 | 高 | 低 | 高 |
オプション2(電子商取引指令のアップデート) | 高 | 中 | 低 | 高 |
オプション3(EU反海賊行為法) | 高 | 低 | 低 | 高 |
現状維持というのは、制度上の欠陥があるため、このようなアプローチの採用は控えるべきであるとされています。
最初に考えられる立法手段(オプション L.1)は、スポーツイベントの権利者と情報社会媒介者との間の協力形態を支持する立法者の制度的支援である。これは、管理的な執行システムであり、裁判所の手続きよりも迅速です。このソリューションは、確実にシステムに大きな影響を与え、裁判所や行政機関にさらなる負担をかけることなく、海賊版コンテンツの協調的なリアルタイムテイクダウンを可能にし、公的なエンフォースメントのコストとタイミングを削減します。EU機関は、私的な関係に踏み込むことはできませんが、この種の民間のエンフォースメント・ソリューションを支援することは可能です。ただし、法的拘束力はありません。
第 2 の手段(選択肢 L.2)は、法的分析(付属書 I 参照)で示されたすべての欠陥及び立法上の 抜け穴に対処するために、電子商取引指令、情報社会 指令及びレンタル権指令の改正を目的とした新 しい指令の採択を含むものです。具体的には、ストリーミングのサービスプロバイダーに技術的ベースの法的義務を採用を定めること、電子商取引指令の「迅速な除去」や「現実の覚知」を明らかにすること、動的差止命令・ライブ差止命令を全面的に導入することなどを意味します。
第3の、そして最も効果的な立法手段(選択肢L.3)は、新たなEU規則の形でEUの海賊行為防止法を採択することであり、この政策案が提示するすべての法的手段を提供するものです。
法的分析に基づき、経済的な調査を行った結果、次のような知見が得られた:2019年、EUでは760万件の違法放送プラットフォームへの加入があった。これらの受信料は、推定5億2,200万ユーロの不正な収益を生み出し、年間1億1,350万ユーロの付加価値税(VAT)の回避につながった。同じ数の受信料が合法的に支払われた場合、合法的な放送局の収入は毎年34億ユーロ増加する可能性がある。これらの収入減に加えて、合法的な放送局は、オンライン海賊行為による雇用への影響にも苦しんでいる。最も慎重な推定では、スポーツイベントの放送のオンライン海賊版によって、毎年最大16,000の潜在的な新規雇用が失われている。
なお、同報告書の23ページ以降は、法的な報告書になります。
ダイナミックブロッキングについても、個人的には、プロバイダは、違法な通信であるのを現実的に覚知した場合には、それを迅速に送信停止しないと責任を負うというのは、我が国における「通信の秘密」の解釈のもとでも、同様に解されると考えています。
もっとも、これを実際にどのように実現するかというのが、多分、もっとも大きなハードルに思います。図的には、
のような感じです。まさに、権利者が確保するべき利益が、海賊のもとに確保されている状況なのですが、その状況を「通信の秘密」についての肥大化した解釈が支えているのです。
もっとも、ISPにしてみれば、その「適切な法の解釈」をするべきインセンティブがないわけです。でもって、この適切な解釈にみんな気がつけば、政府的には、
「適切な法の解釈」は、OKなわけだし、ISPの費用負担について、このような対応をしますから、権利者とISPとで握って、もうすこし、権利者にまっとうに利益がいくようにしませんか?
というのを調整する(基本的には、上のL1のアプローチあたり)が穏当なような気がします。電気通信事業法の解釈は、立派なものなので、enshrine(奉って)して(皮肉ですが)、プロバイダー責任制限法の責任規定を「よりよく実現」するために、政府が尽力して、枠組を作りましたというのかいいように思います。
プロバイダー責任制限法の制定にあたっては、あたりまえですが、電子商取引指令案とかも参照されていた記憶なので、上の現実の覚知とその責任の法理とブロッキングの関係を深く究めるのが、バランスをとるために賢明なように思います。(ここらへんは、予算がないので、調べてないです)