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令和3年7月19日に
会計限定監査役は,計算書類等の監査を行うに当たり,会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても,計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば,常にその任務を尽くしたといえるものではない。
という判決が最高裁で言い渡されています。二重否定な表現なので、なんですが、要は、会計限定監査役は、会計帳簿が正確に作られているかというのまで、みないといけないよ、という判決かと思います。
もっともこの判決の射程をどのように考えるかという問題もありそうです。まずは、この判決を紹介した新聞記事をみます。日経新聞「監査役の任務、帳簿の裏付け確認必要な場合も 最高裁判決」によると
「監査役は会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として監査してよいものではない」と指摘。「帳簿が信頼性を欠くことが明らかでなくても、帳簿の作成状況の報告を取締役に求めたり基礎資料を確かめたりすべき場合がある」と述べた。裁判官4人全員一致の意見。
となっています。ある意味で監査役の義務の一般論として論じているようです。果たして、そのようにいえるのか、事実関係を確定します。
ちなみに、高裁(原審)は、
監査の範囲が会計に関するものに限定されている監査役(以下「会計限定監査役」という。)は,会計帳簿の内容が計算書類等に正しく反映されているかどうかを確認することを主たる任務とするものであり,計算書類等の監査において,会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかであるなど特段の事情のない限り,計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認していれば,任務を怠ったとはいえない。
という判断をしていました。
これを最高裁は、
監査役設置会社(会計限定監査役を置く株式会社を含む。)において,監査役は,計算書類等につき,これに表示された情報と表示すべき情報との合致の程度を確かめるなどして監査を行い,会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかについての意見等を内容とする監査報告を作成しなければならないとされている(会社法436条1項,会社計算規則121条2項
(平成21年法務省令第7号による改正前は149条2項),122条1項2号(同改正前は150条1項2号))。この監査は,取締役等から独立した地位にある監査役に担わせることによって,会社の財産及び損益の状況に関する情報を提供する役割を果たす計算書類等につき(会社法437条,440条,442条参照),上記情報が適正に表示されていることを一定の範囲で担保し,その信頼性を高めるために実施されるものと解される
としています。そして、
計算書類等が各事業年度に係る会計帳簿に基づき作成されるものであり(会社計算規則59条3項(上記改正前は91条3項)),会計帳簿は取締役等の責任の下で正確に作成されるべきものであるとはいえ(会社法432条1項参照),監査役は,会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではない。
監査役は,会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも,計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため,会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め,又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるというべきである。そして,会計限定監査役にも,取締役等に対して会計に関する報告を求め,会社の財産の状況等を調査する権限が与えられていること(会社法389条4項,5項)などに照らせば,以上のことは会計限定監査役についても異なるものではない。
としました。その上で、
会計限定監査役は,計算書類等の監査を行うに当たり,会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても,計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば,常にその任務を尽くしたといえるものではない。
と判断をなしています。
この部分については、会社法コンメンタールですと
監査の範囲に制約がない監査役はもちろん、監査の範囲を会計に関するものに限定されている監査役、資料の調査および取締役その他の使用人からの報告をうける権限を有しているのであり(381ⅡⅢ・389Ⅳ。監査役は、取締役や使用人等との意思の疎通および円滑な情報の収集を確保する環境を整備することがもとめられる。会社則105Ⅱ・107Ⅱ)、計算書類等を受領する前からなされる日常的な監査によって得られる知見をもあわせて、計算書類等の表示の適性に関する意見表明の基礎を形成する必要があろう。
とされていますので、穏当な判断に落ち着いたと判断されるようにおもえます。
ちなみに判決としては、監査役について
任務を怠ったと認められるか否かについては,上告人における本件口座に係る預金の重要性の程度,その管理状況等の諸事情に照らして被上告人が適切な方法により監査を行ったといえるか否かにつき更に審理を尽くして判断する必要があり,また,任務を怠ったと認められる場合にはそのことと相当因果関係のある損害の有無等についても審理をする必要があるから,本件を原審に差し戻す
また、判決には、草野裁判官の補足意見がついています。この少数意見は、
具体的任務を検討するに当たっては,上記の各点を踏まえ,本件口座の実際の残高と会計帳簿上の残高の相違を発見し得たと思われる具体的行為(例えば,本件口座がインターネット口座であることに照らせば,被上告人が本件口座の残高の推移記録を示したインターネット上の映像の閲覧を要求することが考えられる。なお,会計限定監査役にはその要求を行う権限が与えられているように思われる(会社法389条4項2号,同法施行規則226条22号参照)。)を想定し,本件口座の管理状況について上告人から受けていた報告内容等の諸事情に照らして,当該行為を行うことが通常の会計限定監査役に対して合理的
に期待できるものか否かを見極めた上で判断すべきであると思われる。
として
平成19年5月期の監査の際に提供された残高証明書につき,被上告人がこれをどのようなものとして認識したか,これと平成20年5月期以後の監査の際に提供された上記写しとの形状・様式・内容の相違の有無・程度,被上告人の会計管理システムの仕組みや態勢,上記のカラーコピーの残高証明書と同様の形状・様式・内容を備えた残高証明書の作成の難易等を考慮して,上記の提示の求めが本件口座の実際の残高と会計帳簿上の残高の相違を発見し得たと思われる行為といえるか否かについて慎重に判断する必要がある
としています。
最初の問題は、監査役の義務がどのようなものか、ということです。これは、図のような感じですね。
監査役は,会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではないとされて、計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため,会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め,又はその基礎資料を確かめるなどすべきであるとされています。
会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め,又はその基礎資料を確かめるなどすべき
であるとされているのですが、それが、果たして、どのような場合に、どの程度すべきなのか、という点については、この判決は触れていないということができると思います。
補足意見は、
などから、この具体的な義務は、特定されるということになるものと考えられますよとしていて、今後の参考になるかとと思います。
あと、会社の機関設計との関係についてどこまで及ぶのか、という問題がありそうです。特に「会計限定監査役は,」と記載されているのですが、それ以外の監査役はどうか、とか、また、それ以外機関設計は、全部で、47とおりあるそうです。
まずは、「会計限定監査役は,」という部分について、会計限定監査役なのであるから、会計帳簿の作成の経緯くらいは、きちんと見るべきだというのもありえないことはないでしょうが、最高裁は、そのような意図はないようにおもえます(文言から-)。
次に機関設計との関係について見えます。機関設計についてメジャーなところを並べると以下のような感じでしょうか。
これらについて、具体的にどのようにいえるのか、ということを考える必要があります。
上の場合で会計監査人設置会社においては、
監査役または監査委貝会も計算書類およびその附属明細書の監査を行うが,計算書類等の内容の適正性について会計監査人の意見に加えて意見表明することは想定されていない。監査役,監査役会または監査委員会は,会計監介人の監査報告の内容の通知を受け,これを前提として自己の監査報告を作成する(会社計算127-129)。
会計監査人の監査が適切な方法・体制によって行われているかどうかを監査することに重点が置かれる(同規則127②④・128Ⅱ(2)・129Ⅰ②(略)。
とされています。もっとも、これらの事情も、上の監査役が、会計帳簿の作成状況等につき、相当な注意を払わなければならないという一般的なルールのもとで、具体的な注意の程度によって過失の有無が左右されるということになるものと考えます。
監査等委員会設置会社は、どうか、という点についていうと、その構成委員は、すべて取締役ということになるので、その取締役の義務の点で、相当な注意の部分がカバーされているということになるかと思います。
その意味で、「監査役」であることから、生じる義務について、この判決は、射程としては広いような気がします。もっとも、具体的な機関の制度設計によって、射程が広いと解すると、特に会計監査との役割の分担との関係はどうするのという要素がはいってくるものと考えられますが、判決自体は、その点について触れていませんし、今後の課題となるかと思います。