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「デシタルフォレンジックスの威力と実務-東芝総会調査報告書」で、新聞を賑わした東芝の昨年の総会をめぐる調査役報告書を読んでみました。
当然に、デジタルフォレンジックスの実務というのは、気になりましたし、そこから示唆されることも自分のいわば、プロの勘でいろいろいと理解できることがあったわけです。
あと、いまひとつ気になったことは、株主の提案に対して、取締役は、どのように対応しなければならないだろうということでした。
当該報告書では、コーポレートガバナンス・コード の補充原則1-1③
上場会社は、株主の権利の重要性を踏まえ、その権利行使を事実上妨げることのないよう配慮すべきである。とりわけ、少数株主にも認められている上場会社及びその役員に対する特別な権利(違法行為の差止めや代表訴訟提起に係る権利等)については、その権利行使の確保に課題や懸念が生じやすい面があることから、十分に配慮を行うべきである。
を出して、この規範に違反したといっているわけですが、その一方で、たとえば、法的には、株主提案に対しては、取締役は、② 議案に対する取締役又は取締役会の意見(会社法施行規則93条2号)を述べなければならないわけです。また、その株主提案が「会社」を害すると判断したのであれば、取締役は、反対するでしょうが、そうするべきになります。
すると、上の
十分に配慮を行うべきである。
ってどういうことなの?という疑問が生じるわけです。
そこで、この点についてのイギリスは、どうなっているのだろうとふと思いました。会社法コメンタールでは、会社法355条
(忠実義務)
第355条 取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。
について、
アメリカ法おいては、取締役の義務は、注意義務(duty of care)と忠実義務(duty of loyalty)にわけて説明されることが一般的である
と書かれるくらいで、あまり詳細な説明がないですし、英国法は、いままで、勉強したことがなかったなあと感じたところです。
(いうまでもないですが、日本においては、善良な管理者の注意義務と忠実義務は、同質というほうが多数なわけですが、個人的には、以下にみていくとおり、信認義務の根本的な法理を示したのが、忠実義務と解したほうがわかりやすいように思えます。)
この取締役の「非効率」のところをどうコントロールしているのだろうということになるかと思います。
この点についての論文としては、小野里光広「イギリス会社法における取締役の受託者的義務─ Fiduciary duty と Non-fiduciary duty の観点を中心として─」があります。
取締役の一般的義務は, 2006年会社法(Companies Act 2006)で規定されています。この部分の解釈は中村信男, 田中庸介「イギリス 2006 年会社法 (2)」で触れられています。
条文としては、
になります
なお,171条以下に規定される取締役の一般的義務(いわゆる善管注意義務に相当する174条を除く)は,取締役が会社に対して負う受託者的義務の全てを成文化したものではない。
とされています(小野里)。手元に留学したときの本もあるのでそれもみながら、確認していきます。ちなみに参考にした本は、Janet Dine “Company Law”(1991)になります。
DINEは、
権力を持つ人物の行動を管理し、取締役が無能または不誠実であった場合に損失を被る人々を保護するための行動基準を取締役に課すことが必要であることは明らかである。
このような基準を課すことには、3つの大きな困難がある。
とします。この3つとは、
を挙げています。
では、取締役が誰に対して負う義務のなかという問題です。2006年会社法は、
170条 一般的義務の範囲と性質
(1)第171条から第177条に規定されている一般義務は、会社の取締役が会社に対して負うものである。(2)取締役でなくなった者は、引き続き以下の義務を負う。
(a)取締役であった時に認識した財産、情報、機会の利用に関して、第175条(利益相反を回避する義務)の義務を負う。
(b)第176条(第三者から利益を受け取らない義務)の義務は、取締役でなくなる前に本人が行ったことまたは怠ったことに関して適用される。その限りにおいて、これらの義務は、必要な調整を行った上で、元取締役にも取締役と同様に適用される。
(3)一般義務は、取締役に関して適用されるコモンロー上の規則および衡平法上の原則に基づくものであり、取締役が会社に対して負う義務については、これらの規則および原則に代わるものとして効力を有する。
(4)一般義務は、コモン・ローの規則および衡平法上の原則と同様に解釈・適用され、一般義務の解釈・適用にあたっては、対応するコモン・ローの規則および衡平法上の原則を考慮しなければならない。
として「会社」に対して負う義務であることが明示されています。
Dineでも
取締役は、株主や潜在的な株主に対してではなく、法人である「会社」に対して義務を負っていることを覚えておくことが重要です。なぜなら、一般的なルールでは、取締役の義務は、会社が取締役を訴えることによってのみ執行されるからです
と説明されています。コモンローでは、Percival v. Wright [1902]が引用されています。もっとも、グループとして活動している場合に問題点が生じることについてのコメントがなされています。
では、会社とは何か、という問題になります。定義は、1条になりますが、実質的なものはありません。
Dineでは、
がリストされています。また、2006年会社法においては、
172条 会社の成功を促進する義務
(1)会社の取締役は、誠意をもって、会社の構成員全体の利益のために会社の成功を促進する可能性が最も高いと考える方法で行動しなければならず、その際、以下の点を考慮しなければならない。(a)長期的な観点から見た、あらゆる決定の結果
(b)会社の従業員の利益。
(c)サプライヤー、顧客、その他の人々と会社のビジネス関係を促進する必要性。
(d)会社の事業が地域社会や環境に与える影響
(e)高水準の業務遂行の評判を維持することの望ましさ。
(f)会社の構成員の間で公正に行動する必要性。(2)会社の目的が、その構成員の利益以外の目的で構成されているか、またはそれを含む範囲において、(1)項は、その構成員の利益のために会社の成功を促進するという言及が、それらの目的を達成することであるかのように効力を有する。
(3)本項によって課される義務は、特定の状況において取締役に会社の債権者の利益を考慮したり行動したりすることを求める法令または規則に従って効力を有する。
とされています。
注意および技量の義務
これは、174条に「合理的な注意、技能および勤勉さを行使する義務」とされているものです。同条は、
(1)会社の取締役は、合理的な注意、技能および勤勉さを行使しなければならない。
(2)これは、以下の条件を備えた合理的に勤勉な人が行うであろう注意、技能および勤勉さを意味する。
(a)会社に関連して取締役が遂行する職務を遂行する者に合理的に期待される一般的な知識、技術および経験。
(b)取締役が持っている一般的な知識、技術、経験。
となります。コモンロー的な見地から、
ということになります。これらの詳細は、省略します。
伝統的に、信認義務の違反とは、
などを意味するとされてきていました。
2006年会社法においても、上述のような義務が列挙されているのは、ふれたとおりです。
173条の独立した判断の行使の義務は
173 独立した判断の行使の義務
(1)会社の取締役は、独立した判断を行わなければならない。
(2)この義務は、以下の行為によっては侵害されない。(a)会社が正当に締結した、将来の取締役の裁量権の行使を制限する契約に従って行動すること、または
(b)会社の定款で認められた方法で行動すること。
となります。
これは、
333.この義務は、取締役はその権限を委任またはその他の方法で他人の意思に従属させることなく、独立してその権限を行使しなければならないという現行の法原則を成文化したものである(ただし、定款によりまたは定款に基づいて権限を与えられている場合を除く)。
とされています(説明メモ)。
Dineによると、ただし、ここで、もっとも根本的なものは、
会社の利益のために善意(bona fide)で活動する
ということではないか、とされます。これがちょうど、我が国の忠実義務に該当するように思えます。
もっとも、東芝のような株主構成のもとで、その株主と経営陣の意見の相違は、どのように扱われるのだろうかという問題については、上記信認義務の個々の義務では、説明がつかないように思えます。
関連するものとして「不公正な侵害」(unfair prejudice)を見るべきということになるのではないかと思います。これは、1985年会社法(459条に定められた)の制定法による救済である「不公正な侵害」の法理を引き継ぐものです。
2006年会社法の30編は、「不公正な侵害からの株主の保護」のタイトルです。
994条 主たる規定
会社員による申立て
(1)会社の構成員は、以下の理由により、本編に基づく命令を裁判所に申請することができます。(a)会社の業務が、一般の社員または一部の社員(少なくとも自分自身を含む)の利益を不当に害する方法で行われている、または行われていたこと、または
(b)会社の実際のまたは提案された作為または不作為(会社のための作為または不作為を含む)が、そのような不利益を与えている、または与えるであろうこと。[F1(1A)第(1)項(a)の目的のために、会社の監査役の解任は以下の通りとします。
(a)会計処理または監査手続に関する意見の相違を理由とするもの、または
(b)その他の不適切な理由により会社の監査役を解任した場合、会社の構成員の一部の利益を不当に害するものとして扱われる] 。(2)本編の規定は、会社の構成員ではないが、法律の運用により会社の株式が譲渡または移転された者に対して、会社の構成員に適用されるのと同様に適用される。
(3)本節および本編の他の規定で本節の目的に適用される限りにおいて、「会社」とは以下を意味する。
(a)本法令の意味における会社、または
裁判所の権限は、
996条 本編に基づく裁判所の権限
(1)裁判所は、本編に基づく申立てに根拠があると判断した場合には、申立てられた事項について救済するために適切と思われる命令を下すことができるものとします。
(2)第(1)項の一般性を損なうことなく、裁判所の命令は以下のことができます。(a)将来における会社の業務遂行を規制する。
(b) 会社に以下を要求することができます。
(i)申し立てられた行為を行わず、継続しないこと、または
(ii)申立人が不履行であると主張した行為を行うこと。
(c)裁判所が指示する条件で、会社を代表して個人が民事訴訟を提起することを許可する。
(d)裁判所の許可なく会社の定款を変更しないこと、または指定した変更を行わないことを会社に要求する。
(e)会社のいずれかの構成員の株式を他の構成員または会社自身が購入し、会社自身が購入した場合には、それに応じて会社の資本金を減少させることを規定する。
となります。
この条文については、法的な侵害を意味しないでも足りること、信認義務違反は、この要件を満たしうること、株主の資格があること、などが論じられています。
何か、経営者と株主との間で、経営者が自らの判断と信認義務と間のバランスを判断するための法理とかがないかと思って英国法を調べたのですが、ちょうど、ぴたりという法理はないようです。
ただし、信認義務の法理のなかに不当な威圧という法理があるとのことなので、法の解釈の不当な拡大などの「不公正さ」、監督官庁への働きかけなどが総合的に判断される場合には、もはや、経営陣の信認義務の履行を越えた活動であるというような判断になるのではないか、という感想を持ちました。