英国法廷衣装こぼれ話

駒澤綜合法律事務所の見どころのひとつは、3階の会議室のイギリスの弁護士のウイッグです。

ということで、その英国の弁護士の服装に関する論文をご紹介します。

 

英国法廷衣装こぼれ話(1993)

(なお、写真についてはすべて掲載の許可をLCDより取得済み)


目次

第1 コート・ドレスとは

第2 現在のコート・ドレス

第3 コート・ドレスを巡る議論

第4 諮問内容

第5 関係者の対応

第6 その後の展開


以下は、私が英国滞在中(1992.10~1993.2)にみつけた法廷衣装(court dress) のコンサルテーシ ョン・ペーパーをもとに関連した資料をも参考にして、コート・ドレスの是非を巡る英国での議論を日本に紹介するためにまとめたものである。
我が国でも、例えばBBCで英国の裁判の模様を伝えるニュースをみたり、また、映画で英国の裁判のシーンが出てくるのを目にする機会が増えてきたといえる(映画では、今年の春に公開された「父の祈りを」は、英国の刑事裁判に正面
から取り組んでいるし、また、ハリソンフォードの出ていた「パトリオット・ゲーム」でも裁判のシーンがある)。そんなときに、裁判官らの着ているコート・ドレスにもこういった歴史的背景・議論があるとわかっていると、また、一つ違った見方をすることができよう。 なにはともあれ、このコート・ドレスを巡る議論の中で、英国の国民の伝統を守ろうとする国民性、また、バリスター層の自己の職務に対する気概等、またそれにたいして司法改革をすすめようとする動きの高まりといったものを感じ取ってもらえれば、幸いである。

第1 コート・ドレスとは

 

1.1 法文化としてのコート・ドレス

英国のストランド街にある王立裁判所(RCJ)の入口を入ってすぐ右奥の所に、コート・ドレス(法廷衣装)の展示が行われている。コート・ドレス・コレクションといってもケンジントン・パレスで見られる華やかなコート・ドレス(宮廷衣装)とは異なり、昔からの法廷で用いられたローブやウィッグ(かつら)などの展示がなされているのである。英国のコート・ドレスについては、「法曹の衣装のようなものにみられる英国のコート・ドレスの連続性は、英国の法律制度それ自体の連続性の価値ある象徴となっている。」「そこでは、約六世紀に渡って、名誉革命や立憲危機そして司法改革のなかで殆ど変化することなく生き延びてきたのである。」といわれている(J.H.BakerCATALOGUE OF AN EXHIBITION OF LEGAL COSTUME )注1

英国のコート・ドレスは、コモン・ロー国家としての独自の法体系と深く関連し、法文化の重要な一翼を担っているといっても過言ではない注2

1.2 1992年の見直し

しかし、その法廷衣装について、1992年6月22日で貴族院で短い議論がなされたのがきっかけとなりコート・ドレスについての見直しが諮問された。
本稿ではその議論に関する英国の反応等を紹介することとする。注3

第2 現在のコート・ドレス

1 ジャッジのコート・ドレス注4

1 貴族院

貴族院の法卿たちは、会議の初日のような場合には議会用のローブを着る
が、一般の法廷の日には、普通の背広を着ており、またウィグも着用しない。
より下位の裁判所に比較すると、より高い貴族院の方が、ドレス・コードが
ゆるやかな点は面白い。

2 控訴院

記録長官、家族部の長官、副長官、控訴院の司法卿の儀式用のコート・ドレス(ceremonial court dress) は、コート、レースの胸ひだ(ジャボット)注5、膝までの半ズボン(ニー・ブリーチ)、ストッキング、バックル付きの靴、そして、金のレース付きの黒の花柄のダマスク注6のローブそしてフルボトムのウィグ注7になっている。

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(当時のLord Chancellor マッカイ卿の儀式用ドレス)

彼らの日常の衣装(daily court dress) は、法廷用コートとベストもしくは袖付きベスト、スカートもしくは長ズボン、バンド注8と黒のシルクのガウン、 そして、短いウィグである。

3 高等法院

3.1儀式用衣装

高等法院のすべてのジャッジは、同じ儀式用の衣装を着る。これは、膝までの半ズボン、長靴下、バックル付きの靴、そしてバンドからなりたっており、フルボトムのウィグを被ることになる。冬には、緋色の布と毛皮のローブとフード、毛皮のマントを上に着ることになる。

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毛皮は、伝統的 にアーミンであり、兎の毛皮も使えるが冬の貂(winter stoat) で白のコー トができている。

夏は、同様のローブとフードが着られるが、シルクで出来
ている。

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3.2 実務用衣装

大法官部もしくは家族部での裁判に従事しているハイ・コート・ジャッジの着ているコート・ドレスは、きわめてシンプルである。黒のシルクガウンの下に法廷用のコートとベスト、バンドとスカートもしくは長ズボンを着、短いウィグをかぶるのである。もっとも、家族部の仕事のかなりは、裁判官室で行われ、この際は、コート・ドレスは着ない。

女王座部の裁判を取り扱うジャッジの衣装は、より複雑である。控訴院(刑事部)の審理の際は、他の控訴院のメンバーと同様に黒のシルクのガウンと短いウィグをつける。

一審で刑事の事件を取り扱う際は、冬は、儀式用の緋色のローブを着るが、緋色の布と毛皮のマントは着ない。そして、黒のスカーフとガードル、そして緋色のキャスティング・フード(一般にはティペット(垂れ布)と不正確にいわれる)を身につけるのである。

夏に刑事事 件を取り扱うときは、ジャッジは、似た緋色のローブを身に着けるが表面は、毛皮ではなくてシルクでできている。

一方、民事事件を取り扱う際は、冬に は毛皮の表面のローブ、黒のスカーフ、ガードル、そして緋色の垂れ布を身につけるのである。

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夏には、シルクの表面のすみれいろのローブを身につける。

(その他、巡回区裁判所等のジャッジの服装については省略する)

2弁護士の服装注9

1 勅撰弁護士

勅選弁護士の儀式用の服装は、法廷用コートとその上にはおる黒のシルクのガウン、そして膝までの半ズボンまたはスカートであり、そして頭にはフル・ボトムのウィグを被る。

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日常の法廷用の服装は、法廷用コー トとその上にはおる黒のシルクのガウン、そして長ズホンまたはスカートであり、短いバリスター用のウィグを被る。

2 ジュニア

ジュニア・バリスターは儀式の場においても法廷用の衣装を着る。法廷用の衣装は、短いバリスター用のウィグと地味な日常の服装の上に着られる羅紗のガウン、それとバンドから成り立っている。

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3 ソリシター

ソリシターにも特別の儀式用の服装はない。法廷用には、ソリシターは、地味な日常の服装の上に黒のラシャのガウンをきて、バンドをつける。ウィグを被ることはない。

 

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第3 コートドレスを巡る議論

3.1  賛成の合理的根拠 (注10)

コート・ドレスに賛成する立場から、その合理的根拠としては、以下の事実
が挙げられている

アイデンティフィケーション

法曹の着る衣装は、他の在廷者にたいして法曹の役割がどの様なものであるかを明らかにするのに役立つ、とされる。

匿名性と強調

ウィグとガウンは、法曹の個人の人格、私的利益を、代理人としての人格、利益に置き換えるというという意味で匿名性を有するとされる。さらに、法廷においてジャッジや代理人の役割を強調し、彼らがなさなければならない辛い義務を行うのをより容易にするという効果がある。

相違の除去

ローブと、特にウィグの利用については年齢・性別の相違を取り除き、ま
た、人種の相違を取り除くことに、多分ある程度は役立つ、とされる。

安全性

形式ばった服装、特にウィグは、外観を変えてしまうので、ジャッジと弁護士は普通の服装で町を歩いていても気づかれずに済むと感じている。

3.2 批判の根拠

一方、これらに対し、コート・ドレスは、次のように批判されている。
排他性

ジャッジと弁護士の役割を過度に強調するあまり、法的手続きにかんする排他的感覚が作りだされてしまう、という人もいる。そして、あたかも一般人はその手続きで下層のものとされ、お情けで手続きに参加しているかのように感じてしまうというのである。

人間性の欠如

弁護士にその個人の人格からかけ離れた役割を果たすことを求める余り、非人間的になったり、場合によっては証人にたいし傲慢になったり高圧的になったりする、と批判されている。 エ

一貫性の欠如

まず、あげられたメリットの全てもしくは大部分は、すくなくとも控訴審においては関係がないと批判されている。なぜなら、そこで大事なことはすすめられる議論の内容であり、弁護士や裁判官の外見や個人的人格でないからである。また、刑事・民事事件のかなりの部分は、たとえば、マジストレ
イト・コートや家族部の裁判官室で取り扱われており、そこでは形式ばった衣装も着られることはないが、それでも実務には支障がない

威嚇性

法廷で訴訟に巻き込まれた人のなかには、ウィグとガウンは威嚇的である感じる人もいる。特に子供にたいしてはそうである。子供の証人をより落ちつかせるためにウィグとガウンをとるのが実際になっている。

費用の問題

コート・ドレスに反対する人たちは、その不利益を考えるとき、いかなる経費も容認されるべきものではない、と主張している。

時代遅れ

とくにウィグについては顕著であるが、時代後れの衣装は現代生活とかけ離れた時代遅れの態度をさし示すものである、と批判されている。

第4 諮問事項

前述のコンサルテーション・ペーパーの諮問事項中(注11)、日常のコート・ドレス に関する事項は、以下の通りである。

(1)イある法廷において日常の実務に特別の形をした服装が望ましいか否かという点が最初の問題である。もし、そうだとすれば、ある法廷でそれが望ましく、他の法廷で望ましくないという理由は何であるのかという疑問が起きる。

(2)もし、日常のコート・ドレスが使われ続けるのであれば、なにか改善が望ましい事があるか、が次の問題となる。例えば、沢山のジャッジがきているシンプルな黒のガウン以外になにか必要となるものはないか、ということである。
もし、ローブが使われつづけるのであれば、着られるローブのバリエーションを減らす理由はないか。

(3)セクション3で述べられた全てのものを維持しつづけるのが望ましいか否かについての見解を求める。ローブやガウンはさておき、それらはバンドやウィグをも含むものである。弁護士の衣装をより統一すること(とりわけジュニア・バリスターやソリシターについて)が望ましいのではないか、という質問がある。バリスターとソリシターが異なった衣装を着て出廷するというカウンティ・コートでの現在の経験が変革の根拠となるのであろうか。

(4)個人的経験から、ウィグは、法廷外での識別から守ってくれると強く感じる人もいる。その意見に賛成する人も反対する人も直接の経験を話してくれると参考になる。もし、ウィグが保護をしてくれるのであれば、この理由から使用されつづけるべきであろうか。ウィグのコストは、若いバリスターに問題ではないのか。

第5 関係者の対応

5.1 意見の発表

貴族院での議論、コンサルテーションペーパーの発行に前後して、色々な意見が公にされた。また、弁護士の雑誌である「カウンセル」でも、1992年6・7月号でコート・ドレスについての記事をのせている。それらの意見は以下の通りである。

5.2 検察官や裁判官

バーバラ・ミルズ勅撰弁護士は、検察局長となった最初のプレス・インタビューである5月30日のデーリィ・テレグラフ紙上で「ウィグ、ガウン、そして古臭い言葉は、『法曹一家』意識をもたらすものであり、システムを人間味のないものにしてしまう。それらは、スクラップにされなければならない。」と述べた。

翌日、首席裁判官テイラー卿は、サンデー・テレグラフのインタビューに応じて「私は、ウィグは、私たちを古めかしく、そして、少し間抜けにみせると考えている。それは、18世紀からの遺産であるが、それを身に着ける人は、18世紀の方法で考えようとすると人は考えるかもしれない。ウィグを放棄すれば、法曹界のイメージを良くする助けとなるであろう。・・・変装するためにウィグを保存してきたわけではない。先日,ある判事に言ったのであるが、もし、変装が目的であるならば、私たちはベールを被った方がよいのである。それは別にしても陪審員はそのような保護はないし、証人も治安判事も保護されていないのである。」と答えている。

5.3 ガーディアン紙

その4日後、ガーディアン紙は編集欄で「(首席裁判官の名誉となるように)彼は、これらのコラムでのウィグを廃止するようにとの呼びかけに答えてくれた。彼は、今やガウンを取り除き、職業上の古臭い言葉と格闘する必要がある。」との意見を発表した。

5.4 カウンセル誌

これらの意見に対して、「カウンセル」では、6月9日から12日迄の間、世論調査を行った。その調査によると

・ 「ローブ」(注・ここではウィグ、ガウン、白の首のバンドをいう)は、法廷手続きに威厳を加えるか、という質問について85%の人がそのとおりと答え、そう思わないという人が9%、わからないという人が6%であった。

・ 「ローブ」は判事や弁護士を間抜けにみせるか、という質問について20%の人がそのとおりと答え、そう思わないと言う人が72%、わからないという人が8%であった。

・ 「ローブ」は、証人に対し真実を語ることの重要性を強調するか、という質問について71%の人がそのとおりと答え、そう思わないと言う人が11%、わからないという人が18%であった。

・ 「ローブ」は、一般の人は、判事や弁護士に理解されることはない、と感じさせるか、という質問について11%の人がそのとおりと答え、そう思わないと言う人が73%、わからないという人が16%であった。

・ 法廷で「ローブ」を着ていることに賛成か、それとも「ローブ」の廃止に賛成かという質問について、79%の人が法廷衣装を着ることに賛成であると答え、反対であるという人が11%、わからないという人が10%であった。という、結果がでた。

これらの結果をもとに「カウンセル」同号の編集者からの欄は、「法廷衣装の廃止は民衆には人気がなく、また、それ自体刑事司法の質を向上させることには全く関係がないという事実は、其自体では法廷衣装を維持することの決定的な理由になる訳ではないことは勿論である。それらは、役に立つ目的に奉仕する。それらは、法廷手続きの荘厳さを強調する。手続き関与者全てに、真実をかたり、不公平なく審理をし、ミスリードをしないこと、という重大な義務を思い出させるのに奉仕するのである。」として、「ウィグとガウンは維持されるべき」としている。同欄は、また、ウィグは、時代遅れだから廃止すべきだ、という意見に対し、殆どの制服は、時代遅れである、と反論している。そして、それが、18世紀を強く思い出させるという点について「現在、それがそんなに悪いことなのであろうか。その時には、ひたむ
きな情熱と大変な高潔さをもった弁護士がいて、裁判所は、公平な裁判手続きの為に新生面を開いていたのである。そのような伝統を意識することは、最近の悲劇的な誤りをもたらした一人よがりの訴追指向の気風にたいする警鐘となるであろう。」と述べているのである。

5 また、1993年の2月におこなわれた王立委員会による刑事事件の陪審員を対象に行われた調査によると、78%の人が、バリスターは、ウィグとガウンを着つづけるべきだと考えており、なんと88%の人が、ジャッジは、ウィグとガウンを着つづけるべきだと考えている、との結果が出た。
注12

第6 その後の議論

「カウンセル」の1992年10月号の表紙は、「アンシャン・レジームの最後の年」と題して、断頭台に載せられウィグをとられた弁護士の姿を描いている。そして、その革命は、(改革と書いた報告書を手にする)マッカイ卿(大法卿)に指揮されているのである。このコート・ドレスを巡る一連の議論は、グリーンペーパーを始めとする一連の司法改革の流れが、ついにその法曹の衣装をもその対象としたものであると理解しても間違いではあるまい。歴史と伝統を感じさせ、また、法廷の本来持つべき威厳を保つ役割のあるコート・ドレスがいま変革の嵐の中に投げ込まれようとしているのも感慨深いものがある。

結局、このコートドレス改革論については、従来どおりとされ、いまとなっては、歴史的な議論ということになったものといえる。むしろ英国においては、その後のウールフ報告書をもとにした改革の議論のほうが、非常に興味深い物がある。しかしながら、その歴史的なコートドレスをも改革の対象として議論になった点に英国の司法改革にかける意気込みを感じることもできるであろう。

注1)このカタログは、RCJのコート・ドレスの展示の前にあるちいさな寄金箱の横に記載されてある住所宛に請求すると送ってもらえる。

注2)コート・ドレスの歴史は、長い歴史を有し、コモン・ローと同様に成文の規定もなく進化してきたものである。法廷衣装に関する最初の書類上の記述は、1635年の判事の規則であるが、この規則は、従来の慣習を文章にしたもので、それ以来も特に新しく法廷衣装について規則が作られたということもない。

注3)この見直しの諮問は、アメリカでも興味をひいたらしく、当時、CNNがこのニュースを伝えたのをテレビでみた記憶がある。

(注4) 判事の服飾の歴史を眺めてみるとエドワード3世(1327年から1377年)の時までに、現在の長いローブ・肩を取り巻くカウル付きのフード、フードの上のマント(もしくはクローク・袖なしの外套)(全てが同じ布、表面で作られる)という基本的なスタイルは既に定まっていた。

中世のジャッジのローブの色は、一般には冬はスミレ色、夏は緑であり、緋色も用いられたでようである。もっとも、緑色は、1534年を最後とするようであり、それ以降は、緋色、すみれ色、黒が現在と同様に使われてきた。

1635年までには、ジャッジが巡回区で民事事件の審理を単独で行ったり、他のある種の事務を司るときに略礼の衣装が着られるようになった。ローブは、従来と同じであるが、フードとマントは省略された。その代わりにジャッジは、首に黒いスカーフを巻き、右肩の上にキャスティング・フードをかけていた。

18世紀中頃までに右の略礼の衣装が刑事の審理に用いられるようになった一方で、民事の審理では黒のシルクのガウンを着るようになってきた。緋色のキャスティング・フードは、19世紀にはなくなっていたといわれるが、コローリッジ卿によって1880年に復活されたといわれる。

裁判所法の以前の大法官法廷、海事法廷、遺言検認での審理判事は、黒のシルクのガウンを着ていた。それ故、現在の大法官部や海事、遺言検認、離婚部のジャッジは、同じ衣装を法廷で着ている。

(カウンティ・コートおよび控訴院の衣装の変遷については省略する。)

(注5)18世紀までにはジャッジと勅選弁護士は、後述するバンドの代わりにレースのジャボット(胸の襞かざり)をつけた。また、ジャボットは、大法官や他のシニア・ジャッジの金のレースのローブとともに用いられる。しかし、高等法院のジャッジは、正装にバンドを用いている。勅選弁護士はジャボットの上にバンドを用いていたがこれはおかしなものといわざるをえない、とされている。

(注6)もともとダマスカスで作られていた紋織生地でタフタ地に絹またはリネンで織られ、模様を浮きださせるためつやのある表面とつやのない表面が使われる。

(注7)かつら(ウイッグ)の歴史

ウィグが一般的になるまでは頭飾りとして、中世において職帽がかぶられたり、チューダー初期に、平らな黒のボンネットが被られたりという歴史がある。しかし、それらの頭飾りはウィグに取って代わられることにより、18世紀頃までには、用いられなくなってきた。

英国では、17世紀までは法律家にはかつらを被る習慣はなかった。むしろ、髪の毛と顎髭は、適度に短くしておくことが、職業上の原則とされていた。かつらは、1680年代にベンチとバーに認められた。1685年以降の法律家のポートレイトには、かつらとおぼしきものが描かれている。しかし、それらは、自然の毛の色であり、額の伸びている髪の毛の房としばしば結んであったりしたので、識別しにくいものであった。しかし、すぐに大きく、次第に様式化していくようになった。当時のポートレートには、地位が高くなるにつれて、かつらも立派になっていく状況を示したものがある。ジョージ3世の時代にかつらは、急速に一般では用いられなくなり、18世紀の終わりには法律家、御者、司教だけが一般にかつらを被っていた。19世紀のはじめまでには、法曹のかつらは、3つの形をとるようになった。その3つとは、1)もっとも正式の場合のフル・ボトム・ウィグ2)横が巻き毛ではなく縮れた毛で後ろがおさげになっているボブ・ウィグ(現在ではベンチ・ウィグといわれる)3)縮れた頭頂部と横と後ろが巻き毛になっており、おさげもあるタイ・ウィグ、である。この3つのバラエティがいまでも使用されているのである。

以前は、ジャッジは、法廷ではフル・ボトム・ウィグしか被っていなかった。しかし、1780年までに略式のボブ・ウィグが民事の審理で用いられた。刑事の審理においては、フル・ボトム・ウィグは、1840年まで用いられその後ボブ・ウィグのみが用いられるに至った。フルボトム・ウィグは、ウエストミンスター・ホールに列席する際にいまだ残っており、儀式用の衣装を着たさいには、それを被ることになっている。しかし、法廷においては全ての高等法院のジャッジは、ボブ・ウィグを着用している。

注8)バンドの歴史

1640年頃、法曹のなかには、ルフ(ひだえり)の代わりに首から「バンド(帯)を垂らす」という新しいファッションを取り入れるものが出てきて1650年には、バンドは、一般的になった。そして、1680年代には、喉のところで結んだ二つの長方形の伝統的な形になった。現在このバンドは、ジャッジ、勅選弁護士、ジュニア・バリスター、ソリシター、訟廷事務官によって用いられている。

1800年頃までは、バンドは、ネックバンドやシャツの襟を隠すために用いられたのであるが、立襟(standing collar) の上の白の襟飾り(stock) の上に結ばれるようになった。ヴィクトリア時代には、襟飾りはなくなったが、バンドは、立襟もしくはウイング・カラーにされた。この襟は、普通はのりで固められたリネンでできていた。ヴィクトリア時代後期から折り返し襟(turn-down collar)を使う者もいたが、一般には、そのような着方は、受け入れられていない。

(注9)弁護士の衣装の歴史

1 サージャント・アト・ローの時代には、裁判所長官がかかる衣装の重要性を説き、その認証式において裁判官がローブを着せていた。その説話の幾つかが今でも残っており、最古のものはヘンリー8世の時代のものだという。その理由というのは、1)衣装を着る人に対しプロフェションに所属していることを意識させる2)大衆に対して一目で弁護士であることをしめす3)法律の課程を正式に修めたプロフェッションの位であることを表示する4)真剣な挙動と良き礼儀作法を促進する、という事であった。そして、サージャントたちは、法廷だけではなく何時なんどきでもローブを着ることが望ましいとされていたのである。

2 14世紀から17世紀迄、サージャントの称号をもつ弁護士の衣装は、法学院の規則の問題であった。チューダー以前は、コモンローの生徒および卒業生が長いローブを着る以外には特定の衣装のパターンといったものはなかった。

中世のローブは、前が閉じられ、片身替わり(parti-coloured)であった。チューダー時代は、ハンギング・スリーブで、黒もしくは暗い色の素材でつくられた前開きのガウンが用いられた。

1630年までに、三つのガウンが生まれた。つまり、1)法廷における講師(講義を受け持っている評議員)2)一般バリスター3)生徒の三種類である。講師は、勅選弁護士とされたが、そのガウンは、黒のレースとタフタて飾られていた。一般バリスターのガウンは、ベルベットの表地と肩から袖の肘のスリットへの二本の細長いきれからなっていた。生徒のガウンは、町や教会、法廷の廊下などで着られることもあったが、現在では、法曹学院でのディナーのときに着られるに過ぎなくなっている。

3 1685年のチャールズ2世の崩御の際に、弁護士会は、喪に服したが、その際、一般バリスターに広い袖と左肩に小さな黒の喪用のフードのついた羅紗のガウンを着ることを要求した。そして、喪が開けてもそのガウンを着つづけたのである。1697年に裁判所長官ホルトは、バリスターに昔のガウンを着るように説得しようとしたが、その説得は、長くは続かなかった。それ以来、喪のガウンは、一般バリスターの衣装になっている。

4 勅選弁護士の特例の位は、エリザベス1世時代にフランシス・ベーコンの為に設けられた(1594年)が、チャールズ2世の時代以前にはめったに認められなかった。王制復古の時代には、全ての勅選弁護士は、レースとふさのついたガウンをきた。しかし、ふさのついたガウンは、儀式用の服装になり、18世紀の始めまでには、平らな襟と長いハンギング・スリーブのついた黒のシルクのガウンが一般の法廷衣装になった。18世紀の勅選弁護士の正装は、黒のレースとふさのついた黒の花模様のダマスク織りのガウン、ベルベットの法廷衣装、金色の錦織のベストであった。今世紀まで、房の付いたガウンは、特別の裁判所とドローイング・ルームでのジャッジと勅選弁護士の衣装とされていた。

注10)弁護士におけるウィグの変遷

17世紀にウィグが取り入れられるようになったときには、弁護士は、皆一般バリスターも勅選弁護士もジャッジと同様のフル・ボトム・ウィグを被った。

しかし、18世紀なかごろから次第に短いウィグが用いられるようになっていき、同後半には横のカールのないボブ・ウィグかカール付きのタイ・ウィグが被られるようになった。そして、19世紀始めまでには、現在と同様のカール付きのタイ・ウィグがバーで一般的に用いられる唯一のものになったのである。

また、フル・ボトム・ウィグは、サージェントや勅選弁護士により、より形式ばった場合に用いられた。つまり、貴族院に登院するばあいやウエストミンスター・ホールでの最初の日などの場合にも着用されたのである。

(注11)最初にもふれたが、コート・ドレスの是非を巡っての議論がなされたのち、コンサルテーション・ペーパーが発表された(1992年8月)。

そして同年末までに大法官のもとに意見が集められた。本項では、そのペーパーのセクション4の議論を紹介するものである。

(注12)この記事は、「カウンセル」1993年10月号32頁による。

なお、コート・ドレスの反対派は、ガーディアンなどのマスコミをもとに論陣を張っていたのであるが、この点についてカウンセル同号では、「その調査は、Michael Zander教授によってなされたが、彼は、非常に尊敬すべき学者であるというだけではなく、元は法律通信員だったのである。・・・ガーディアン紙の」とコメントしている。