ブログ

ヨーロッパ人権裁判所における使用者の電子メールモニター権限に関する判決

ヨーロッパ人権裁判所における使用者の電子メールモニター権限に関する判決についての記事がでています。

そうは、いってもなんといっても原文を読まないとしょうがいないので、きちんと原文にあたりましょう。

事件名は、 Bărbulescu v. Romania事件 。ECHRにおける判決のページは、こちらですね。

プレスリリース、あと、Q&Aもあります

判決文は、こちらです。

事案としては、

(1)原告は、2004年-2007年6月までルーマニアの民間企業のセールス・エンジニアとして勤務していた従業員で、雇用主の求めにしたがって、ヤフー・メッセンジャーのアカウントを顧客からの質問に対して対応するために作成していました。

(2)2007年7月3日に、雇用主は、ある従業員が、インターネット、電話、コピーを使用に利用していたことを理由に懲戒解雇されたという通知を、回覧しました。

(3)2007年7月3日に、原告は、雇用主から、ヤフーメッセンジャーの通信については、モニターされていて、個人的に利用したのではないかとの調査をうけました。

(4)原告は、私的利用を否定したのですが、7月5日から12日までの証拠を提示されました。

(5)8月1日に、彼は、会社の資産を個人的な目的に利用するのを禁じた会社の内部規定の違反でもって、懲戒解雇しました。

という事案です。

原告は、雇用主は、彼の通信の権利(right to correspondance)を、刑法・憲法に違反して侵害するので無効であるとして訴えました。 ブカレストカウンティコートは、彼の訴えを認めず、また、控訴審もカウンティコートの判断を支持しました。これに対して、特に、ヨーロッパ人権条約8条の適用の問題を根拠に、ヨーロッパ人権裁判所に対して、国内裁判所がプライベートライフおよび通信の権利を保護するのを怠ったとして訴えたわけです。

ヨーロッパ人権条約8条ですが、その条文(同条1項)は「すべての者は、その私的及び家庭生活、住居及び通信を尊重される権利を有する。」というものです。

大法廷が、2017年9月5日に判決をしました。判決は、長いので、プレスリリースをもとに分析します。(法律家的にいいのか?>自分)

(1)裁判所は、8条が適用されることを認めました。雇用主のインターネットについての制限的な利用に関する規定のなかで、合理的なき期待を有し得たかは、疑問であるものの、雇用主の指示は、仕事場において、個人の社交的な生活をゼロにするものではないとしました。

(2)裁判所は、加盟国の裁判所によって、懲戒解雇を導いた通信のモニタリングが、認められているので、加盟国の積極的な義務が果たされているかという点に基づいて判断されるとしました。

(3) 加盟国の裁判所が、企業の円滑な経営という利益と、原告の私的生活の尊重という利益とを十分なバランスを図ったかという問題に基づいて検討される。

(4)裁判所としては、加盟国の裁判所が、雇用主が、モニタリングシステムを導入しうるということを事前に通知していたかどうかというのを決定するのを怠っている。国際的・ヨーロッパ的標準からするときに、雇用主からの事前の通知が必要になるのに関わらず、原告は、事前にその通知を受けていないとした。

(5)また、加盟国の裁判所は、原告の通信をモニタリングするのを正当化する根拠があるかどうかを正当に評価していないとした。また、より、制限的ではない手段によって、その目的が実現しうるかについても判断していないとした。

これらの判断のもとに、加盟国の当局は、原告の権利を保護していないということになるとしました。

この点についての日本の先例は、N社事件(東京地裁・平成14年2月26日判決・労働判例825号50頁)、F社事件(東京地裁判決・平成13年12月3日労働判例826号76頁)になります。もっとも、これらの事件は、企業秩序に対する侵害が疑われる事象が起きたあとに電子メール等を雇用主がモニタリングした事件ということになります。

あまり、明確に意識されて議論されていませんが、一般的なモニタリング(サーベイランス)と企業秩序維持からする調査権の行使は、峻別されて議論されるべきと考えています。

この枠組みからいくと、 Bărbulescu v. Romania事件 は、 一般的なモニタリングの可否が、懲戒の効果に影響を与えた事件ということになります。

その意味で、N社事件、F社事件が、他の事実から、会社の秩序違反が疑われた時点以降の問題であるのと、事件としては異なっているということがいえます。

国際的な動向としては、

1)ILOの「従業員の個人データの保護に関する実務規範(Code of Practice on the Protection of Workers‘ Personal Data of 1997 )」

2)Recommendation CM/Rec (2015)5 of the Committee of Ministers of the Council of Europe to member States on the processing of personal data in the context of employment

があるということです。

 

関連記事

  1. ポストクッキー時代の広告(2)-「Transparency &#…
  2. 第一東京弁護士会 IT法部会シンポジウムの歴史
  3. 域外からの通信によるネットワーク上の犯罪と刑罰法規の適用について…
  4. ネットワーク中立性講義 その12 競争から考える(4)
  5. 「公然性ある通信」再訪-「電気通信サービスにおける情報流通ルール…
  6. サイバーセキュリティ構築宣言と「競争の番人」-グレイゾーンの解消…
  7. ネットワーク中立性講義 その14 ゼロレーティングと利害状況(1…
  8. 競争の武器としての「プライバシーのダークサイド」(Faceboo…
PAGE TOP