価値記録の概念

ビットコインに関してJADAという団体ができたそうです。

http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/news/14/102301594/

「価値記録」(価値を持つ電磁的記録の意味) というのは、センスがないです。

通貨のキモは、転々流通性で、譲り受けた人が、不特定第三者に譲れるか、ということです。

たとえば、シルクロード事件とか、がありますが、あれは、まさに上記の転々流通性が引き起こした問題です。電子マネーも価値をもつ電磁的記録なので、この概念だとそれを排除することができません。定義論は、議論のアルファのようにおもえますが、実は、何をいれて、何をはずすか、問題はなにから起きるかということを検討した上で、定められるものです。その意味で、このような不十分な定義は、議論として、きちんとした考察を経ているのか、議論の説得性の問題を生じさせるということを考えるべきでしょう。

法執行との関係

刑事事件においては、証拠能力自体について、厳密な定めがあります。

この点については、わが国の証拠法制に関して、また、別の機会で投稿しましょう。

厳密な学問的な議論はさて置くとしても、刑事事件において、米国でおこなわれているようなデジタル・フォレンジックスの手続に則って証拠が収集・分析・提示されるのが望ましいのは、いうまでもありません。そして、わが国においても、実際にそのような方向で実務が整備されつつあるということができます。

もっとも、厳密にデジタル証拠に関して、伝聞証拠法則との関係で、どのようなことがいえるか、ということは法的に重要なことである。

これらの点については、大学の後輩でもあった石井教授の資料を参照されるといいと思います。石井徹哉「刑事法からみたデジタルフォレンジックス(DF)と今後の展望」があります。

ハッカー検事が大学の先輩、石井教授が、大学の後輩で、みんな大学の時代からの知り合いというのも世界は狭いものです。

ソフトウエアフォレンジックス

ソフトウエアの挙動を分析して、作成者の意図、動作、脆弱性の存在、実際の動作の仕組み、結果の発生の因果などの情報についての収集、加工、統合、分析、評価、解釈をする分野をソフトウエアフォレンジックスということができます。

このような作業のために利用されるのが、リバース・エンジニアリングという技術です。「リバースエンジニアリング」は、最広義においては、ソフトウエアやハードウエアなどを分解、あるいは解析し、その仕組みや仕様、目的、構成部品、要素技術などを明らかにすることをいうとされています。この技術の重要性および社会的位置づけについて、私の経営している会社でIPAからの委託をうけて研究していますので、紹介しておきます。
「情報セキュリティに関連するソフトウェアの取扱いに係る法律上の位置付けに関する調査」です。

ソフトウエアの作者の意図が法的に問題になりうることは、意外とありうるということがいえるでしょう。

例えば、サイバー犯罪条約6条1項 デバイスの禁止は、

「1 締約国は、権限なしに故意に行われる次の行為を自国の国内法上の犯罪とするため、必要な立法その他の措置をとる。
a 第2条から前条までの規定に従って定められる犯罪を行うために使用する意図をもって、次のものを製造し、販売し、使用のために調達し、輸入し、配布し又はその他の方法によって利用可能とすること。 」と定めています。この文言からも明らかなように、プログラムが、犯罪を行うために使用する意図をもって作成されなければならないのです。

また、我が国では、Winny作者が刑事罰に問われたという裁判でも、どのような意図で作成されたのかが問題とされました。

第一審(京都地裁判決・平成18年12月13日)では、被告人と関係者間のメール送受信の状況等として姉とのメールのやりとり、ホームページでの記載事項、事情聴取の際の発言をもとに、「被告人自身が述べるところやE供述等からも明らかなように,それ自体はセンターサーバを必要としないP2P技術の一つとしてさまざまな分野に応用可能で有意義なものであって,被告人がいかなる目的の下に開発したかにかかわらず,技術それ自体は価値中立的」という認定がされています。

高裁判決(大阪高判・平成21年10月 8日)では、匿名性機能、ダウンロード枠増加機能、クラスタ化機能、被参照畳閲覧機能、多重ダウンロード幾能などの機能は、ファイルの検索や転送の効率化を図るとともにネットワーク-の負荷を低涙させる機能,技術であり.その機能自体において.違法視されるべき技術でないということを理由に、「その技術.機能を見ると著作権侵害に特化したものではなくW innyは価値中立のソフトすなわち.多様な情報の交換を通信の秘密を保持しつつ効率的に可能にする有用性があるとともに、著作権の侵害にも用い得るという価値中立のソフトであると認めるのが相当」と判断しています。

Winnyは、作者がどのような意図で、どのようなコードを書いたのかという観点からするとき、事実認定としては、コードそれ自体を巡って争われたわけではない、というのが、事実究明という点からは、残念に思えます。もっとも、コード自体を争った時には、公開される裁判を通じてWinnyのプログラムが一般に明らかになるということもあったのもしれません。

小説については、その文章をもとに、その作者の意図を論じるのであるから、ソフトウエアについても同様のことがなされるべきではありますが、実際には、いろいろいな困難があるということでしょうか。

インターネットフォレンジックス

ネットワークでのトラフィックの分析等によりサイバースペースの脅威に関する情報の収集、加工、統合、分析、評価、解釈をする行為をインターネットフォレンジックスということができるでしょう。そのような情報の統合的理解をする分野もフォレンジックの有望な分野であるということができます。

サイバースペースの脅威に関する情報の収集、加工、統合、分析、評価、解釈自体は、サイバーインテリジェンスということができますが、それを、法的証拠という視点から見るときの用語であるということができるでしょう。

これらの分野には、ウィルス作成者やハッカーの行動や議論を追跡すべく、アンダーグラウンドの彼らのコミュニティにいわば「潜伏」して、彼らの情報に対して諜報活動を行う手法もあります。かれらのデータ通信をモニタリングし、また、会議などもモニタリングしています。

これらの活動によって得られた情報は、きわめて鮮度の高い情報ということになり、予測・予防・調査のために役立てられる程度はきわめて大きいということができるでしょう。しかしながら、我が国において、これらの手法の重要性は、看過されているということができるでしょう。私は、2000年代前半に、このようなサービスを提供しているアメリカのプロバイダにインタビューしたところ、日本だけは、進出に失敗した、需要を全く喚起できなかったということをきいたことがあります。

訴訟支援

フォレンジックスという技術は、証拠の取得や分析一般などまで広がるものであり、一般に訴訟支援といわれる分野となってきます。

e-ディスカバリーの分野とも関連しており、これらの分野は、フォレンジックスという分野の外縁をなしているということができるでしょう。

大まかにいえば、ひとつの事案を取り巻くデジタルデータが、細かいところまでみていくのが、フォレンジックス、大きく見て、関連しているものを早急にみつけだして、その中身を分析するのが、e-ディスカバリーのイメージしもしれません。(これは、大雑把なイメージなので、正確ではありません)

EDRM(e-discovery リファレンス モデル)が公表されており、膨大なデータから、特定の事案に関連するドキュメントを抽出する作業の標準的な手順が標準化されています。

この具体的な内容については、また、詳しく投稿しますが、この分野が、現在、きわめて大きなビジネスとなりつつあることは留意しておく必要があるでしょう。

デジタル・フォレンジックスの罠

デジタル・フォレンジックスという考え方の基本的なところについては一連の投稿で明らかになったところでしょう。

私が、社会安全研究財団から、2003年に調査の資金援助を得てコンピュータ法科学といった概念の研究を始めていた時から、10年以上がすぎて、きわめて広い分野に適用されてきたし、社会においても、重要性が実感されるようになってきたというようにおもえます。

デジタル・フォレンジックスの考え方は、きわめて重要で、法律家にとっては、これから21世紀の法実務を考える上で、これを軽視することはできないものになってきているでしょうし、重要性は増すばかりでしょう。

しかしながら、この考え方については、留意すべき必要があるいくつかのことがあるかと思います。

事実認定の総合性

これは、事実認定という行為は、単にデジタル証拠のみからなされるものではないということです。これは、法律家にとっては、自明のことなのですが、意外に、技術を専門にする人が陥りやすい点におもえます。

技術的に、改竄がなしうる可能性が存在したとしても、それが、現実になされたかどうか、その事実は、技術的に明らかにできるのであれば、それが一番いいのでしょう。しかしながら、誰も改竄すべき動機もなく、また、改竄する機会もなかったということであれば、それは、改竄されたことはないだろうと考えてもおかしくはない、ということです。

技術的に、こういうことが起こりうる、ということと、社会的にそれが起こりうるということは別です。もし、その例外的なことをなすのに膨大な時間と労力がかかるのであれば、それをなしうるのは、きわめて例外的になります。容易に発見しうるのでしょう。そのような現実から、問題となる事象を囲い込んでしまうというのも実際のあり方になります。

バズワードの罠

また、IT業界特有のバズワードの罠というのもあるかもしれません。バズワードというのは、いわば、新たなトレンドを示す流行語のようなものですが、往々にして中身のない空虚な用語を指すものとして用いられることがあります。特に、フォレンジックであるとか、クラウドという用語は、その内実がなかなか理解が困難であるために、必要以上のことがらをなしうるものとされるときがあったり、また、具体的な専門的な検証を経ないで、商品等の宣伝・売り込み等に利用されることがあります。このように利用された言葉は、本当は、有していた重要な意味を訴えかける力を失ってしまう懸念があります。

法制度とのリンク

フォレンジックという考え方自体が、法的な証拠という考え方と密接な関係があるので、議論の背景となる国の証拠にかんする法制度によって、議論が異なってくるということも大きな留意点が存在するということもいえるかもしれないでしょう。

特にわが国で議論を考えるときに、アメリカを中心に発展してきているデジタル・フォレンジックスという考え方が、法制度の違いによって、重要な影響を受けうるというのは、大事な視点であるようように思われます。

この点に留意しないと米国においてフォレンジックをもちいたビジネスが、きわめて成長しているので、わが国においても、将来、同様の発展をみることができるだろうと安易に判断しかねないことになってしまいます。民事事件における証拠能力の無制限と証明力の自由評価という枠組みと陪審制度の事実認定のルールとの違いを前提にしないと、今後の動向についての予測ができなくなることは、注意すべきです。

バズワードの罠と、法制度のリンクについての無知が価値なってしまうと、平気で、(民事事件で)デジタル証拠の証拠能力は認められるのかが問題です、といってしまったり、証拠が別の案件で流用されると大変ですよと、あたかも幽霊がでるぞと脅されたりすることがおきてしまいます。

これらの文句は、実際に、昔に話されていた言葉なのですが、知識も志もない営業トークということができるでしょう。